海壁

第十七章

腕

挿絵:腕

五本の光の線が、白い道を、なぎ払った。

石が、線の形に、溶けた。赤く、どろりと。白い道に、五本の溝が、まっすぐ、刻まれた。

グレイの兵たちが、左右に、跳んだ。一人の兵の外套の裾が、線に触れて、燃え上がった。隣の兵が、それを、叩いて、消した。

『下がれ! 建物の陰へ!』

ヴァルターが、叫んだ。

セラフィナが、エステルを抱えたまま、指先の粒を、舐めた。光の糸を、腕へ、放った。

糸は、錆びない金属の指に当たって、つるりと、滑った。切れなかった。

『…錆びない金属は、光でも』

「あれは、おれがやる」

マーロウは、腕の手のひらを、見上げていた。空に向いた、大きな手のひら。そのまん中に、四角い箱が、白く、脈打っていた。手首のほうから、太い管が一本、箱へ、伸びていた。

あれを、抜けばいい。

『乗ってください!』

グレゴールのグリフォンが、マーロウの前に、降りた。

「オスカ!」

『いる』

オスカは、もう、ロルフのグリフォンの、うしろに、乗っていた。


二騎が、飛び上がった。

五本の指先が、空を、向いた。

白い線が、空を、切った。グレゴールが、手綱を、引いた。グリフォンが、横に、倒れるように、よけた。線が、翼の先を、かすめた。羽根が、焦げて、散った。

『指は、五本! 線も、五本です!』

グレゴールが、鞍の上で、叫んだ。

『一本ずつ、見ます! …右! 上! 下!』

ロルフのグリフォンが、腕の手首へ、回りこんだ。

オスカが、跳んだ。

鞍から、手首の、剥き出しの筋へ。開いたままの両手で、太い筋を、挟んだ。ずるりと、滑った。挟み直した。止まった。

それから、オスカは、腕の上を、走った。

剥き出しの骨と、筋の上を。手首から、手のひらへ。指が、足もとで、動いた。オスカは、跳んで、よけた。また、走った。

ミラベルが、昔、ここで、同じ腕を上っていったとき、マーロウには、ほとんど、見えなかった。速すぎて。今は、見えた。一歩ずつ、見えた。

グレゴールのグリフォンが、手のひらの縁に、すれすれまで、寄った。

「行く」

マーロウは、鞍から、手のひらの上へ、飛び降りた。

錆びない金属の手のひらは、広かった。荷車が、三台、並べられそうだった。まん中の箱が、白く、熱かった。

オスカが、手のひらの縁を、乗り越えてきた。


白い道の上では、オズワルドの兵たちが、建物の陰から、ほどき矢を、放ちはじめていた。

ヴァルターが、グレイの兵を、二列に並べた。

『前の列は、盾を。うしろの列は、矢が刺さったところに、砂をかけろ。…濡れていなければ、ほどけん』

兵たちが、白い道の砂を、両手ですくって、刺さった矢の袋に、かぶせた。白い火が、砂の下で、しぼんで、消えた。

セラフィナは、建物の陰に、エステルを、座らせていた。エステルは、一の粒の灯りを、胸に抱えていた。

『ここから、動かないで』

「オスカは?」

『…腕の、上です』

エステルは、灯りを抱えたまま、腕を、見上げた。

ジェロームが、溝の刻まれた白い道の真ん中に、立っていた。布を巻いた手を、肩のほうへ、上げていた。

「ユリウス!」

声が、震えていた。

「ユリウス、降りてきなさい! それは、手入れでは、ない!」

腕は、答えなかった。


白い道の上で、ブルーノが、走っていた。

父のほうへ。

オズワルドは、兵たちに囲まれて、腕を、見上げていた。

『父さん!』

オズワルドは、息子の声に、振り向かなかった。腕だけを、見ていた。


手のひらの箱に、太い管が、刺さっていた。管の中を、水が、流れていた。

マーロウは、腰の袋から、鉤を出した。

そのとき、腕の、肩のほうから、声がした。管を通したような、くぐもった声だった。

『一〇六番。…手のひらに、乗りましたね』

若い男の声だった。

『ユリウス・ハーンです。先生に、よろしく。…先生は、止まったものを、放っておけない人でした。私も、同じです』

白い道の上から、オズワルドの声が、響いた。

「ユリウス! 今だ!」

オズワルドは、両手を、口に当てていた。

「今は、求めない、と、書いた! …今が、その今だ!」

手のひらの、五本の指が、ゆっくり、曲がりはじめた。

空が、指の形に、狭くなっていった。

「…オスカ、降りろ」

『降りない』

「降りろ!」

『降りない』

オスカは、マーロウの横に、立った。開いたままの両手を、胸の前に、構えて。

『前に立つって、決めた。…ここが、前』

指が、閉じてきた。

グレゴールのグリフォンが、指の隙間へ、飛びこもうとした。光の線が、その鼻先を、焼いた。グリフォンが、跳ねのけられた。

『一〇六番!』

グレゴールの声が、遠くなった。

太い指が、頭の上を、覆った。

光が、指の隙間から、細く、細く、なっていった。

最後に、細い一筋の光が、オスカの顔を、横切った。ミラベルと同じ顔を。

それから、消えた。

手が、閉じた。

機械が止まってから、七十九日目の朝だった。

第十七章 了