第十二章
十の輪

昼、十の家の広間は、丸かった。
丸い床に、丸い机。机の縁に、椅子が十、輪になって、並んでいた。机の天板には、輪が十、重なった印が、彫りこんであった。旗のない船の隊長が持っていた紙の、封と同じ印だった。
椅子に座っているのは、十人。人間が六人。オークが二人。ゴブリンが二人。
広間の隅の小さな机で、セドリックが、紙を広げていた。
マーロウは、輪の外に、立たされた。オスカが、剣を挟んで、横にいた。うしろに、セラフィナとヴァルター。縛られた隊長を、サイラスが連れていた。
グレイの姿は、なかった。
輪の中から、男が一人、立ち上がった。
人間で、六十くらい。よく肥えて、首が、襟に埋まっていた。指に、印の指輪が、いくつも光っていた。笑うと、目が、なくなった。
『ハイトの家の長、オズワルド・ハイトです。帝国の港を、半分、預かっております』
オズワルドは、両手を、広げた。
『陛下のお言葉は、聞いております。血は、あなたのもの。…我々は、あなたの血を、求めません』
「そうか」
『紙に、書きましょう。十の家の印を、全部、押して。…その代わりに、剣を、お貸しいただきたい』
「何に使う」
『孤独の大地の、止まった機械の奥に、錆びない金属の戸があります。その向こうに、三百年ぶんの粒が、眠っている。…帝国の灯りを、十年先も、百年先も、点けておける量です』
オズワルドは、目がなくなるほど、笑った。
『誰の血も、要りません。誰も、困りません』
マーロウは、振り向いて、サイラスに、顎をしゃくった。
サイラスが、隊長を、輪の前に、押し出した。隊長は、懐から、紙を出した。
一番を、重さで押さえ、剣を取れ。一〇六番には、構うな。
「取り損ねたから、今度は、頼みに来たのか」
オズワルドは、笑ったまま、紙を見た。
『取れれば、話が早かった。…それだけのことです』
悪びれる様子は、一つもなかった。
マーロウは、ふと、思った。ミラベルがここにいたら、今ごろ、あの丸い机に、足を載せている。
「剣は、おれのじゃない」
マーロウは、横を見た。
「オスカのだ」
輪の中が、少し、ざわめいた。オークの女が、鼻で笑った。
『刃が、剣を持つのか』
「オスカ。…名前、ある」
オスカが、言った。まっすぐ、オークの女を見ていた。
「これは、ミラベルの、剣。…誰かの前に、立つための、剣。蔵を開けるための、剣じゃ、ない」
広間が、静かになった。
オズワルドは、笑うのを、やめなかった。けれど、目だけが、少し、細くなった。
『では、返事は、いつ』
「葬いのあとだ」
マーロウは、背を向けた。
「陛下を送るのが、先だ」
夕方、宮殿の客の間で、エステルが、オスカの横に、座っていた。
一の粒の、小さな硝子の灯りを、オスカの膝の前に、置いていた。
『オスカは、灯り、こわくない?』
「こわくない。…暗いのも、こわくない」
『わたしは、暗いの、こわい』
「じゃあ、それ、そこに、置いとけばいい」
エステルは、灯りを、少しだけ、オスカのほうへ、寄せた。セラフィナが、戸口で、それを見ていた。何も言わずに、少しだけ、笑っていた。
日が沈んだあと、戸を、叩く音がした。
セドリックだった。紙の束を、抱えていた。
『広間の、控えです。長たちだけで話したときの。…私が、書きました』
セドリックは、一枚を、机に置いた。細い、まっすぐな字だった。
帝国暦三四九年、秋。孤独の大地の、刃を作る部屋を、開ける。刃を、百、作る。刃は、ケインの血、一日一滴で動く。一〇六番の血は、今は、求めない。
マーロウは、その紙を、長いこと、見ていた。
「…今は、か」
『はい。嘘は、一行も、ありません。長たちは、嘘をつきません。ただ、今は、と、書くのです』
「百の刃に、毎朝、百滴」
『刃が増えれば、千滴に。…蔵の粒の話は、戸を開けるための、口実です。広間では、そう、話しておりました』
オスカが、自分の、開いたままの両手を、見ていた。
マーロウは、顔を上げた。
「なんで、おれに見せる。あんたは、長たちの書記だろ」
『書記は、書いたものを、読ませるのが、仕事です』
セドリックは、もう一枚、紙を出した。端が、ぎざぎざに、破れていた。
『陛下が亡くなった夜、私は、広間で、陛下のお言葉を、書き留めました。わたしがいなくなったら、頼みに来るやつがいる、と。…長たちは、翌朝、その頁を、帳面から、破りました』
「それは」
『写しです。破られる前に、写しておきました』
セドリックは、紙を、机に並べた。
『帳面は、間違いません。…間違うのは、人です』
去年、市場で、この男は、ニムに、同じことを言った。
『それから、もう一つ』
セドリックは、窓の外の、暗い中庭を、見た。
『今夜、来ます。剣を、取りに。…広間で、そう決めたのを、私が、書きましたので』
機械が止まってから、七十四日目の夜だった。
第十二章 了