第十五章
息子の仕事

葬いの広場は、まだ、ざわめいていた。
グレイが、壇の上に、上がった。残った九人の長たちが、椅子から、腰を浮かせていた。
『長たちには、広間に、戻っていただく』
グレイの声は、低かった。
『陛下の葬いの日に、陛下の名代の娘を、さらわせた者がいる。…誰が知っていて、誰が知らなかったか。それが分かるまで、広間から、出さん』
オークの長が、何か言いかけた。グレイは、そちらを、見もしなかった。
『陛下の字を、破った者たちだ。わしの字は、破らせん』
兵たちが、九人を、囲んで、宮殿の中へ、連れていった。
中庭で、セラフィナの船が、光の柱を、太くしはじめていた。
燃えた帆は、帝都の職人が、昼のうちに張り替えていた。
グレイが、兵を三十人、つけてくれた。
『わしは、ここを、押さえる。長たちも、帝都も。…行け』
「助かる」
『礼は、いらん。陛下なら、そう言う』
船の梯子の下に、ブルーノが、立っていた。壇に取り残されたときの服のまま。顔が、白かった。
『…連れていってくれ』
「なんでだ」
『父を、止めたい』
「止められるのか」
ブルーノは、答えられなかった。
横から、サイラスが、一歩、出た。広場で殴られた頬が、腫れていた。眼鏡のつるが、曲がっていた。
『止めるのは、息子の仕事でございます』
サイラスは、ブルーノを、見た。
『私も、そうしました。…止められるかどうかは、止めてみてから、分かります』
ブルーノは、サイラスの顔を、長いこと、見ていた。それから、マーロウに、向き直った。
マーロウは、梯子を、顎で指した。
「乗れ」
セドリックが、紙を一枚、持ってきた。
『ハイトの家の、この夏の、帳簿の写しです』
細い字が、並んでいた。
帝国暦三四九年、夏。ハイトの家、本部の手入れ係一名を、雇い入れる。ユリウス・ハーン。同、秋。孤独の大地へ、船二隻、人夫八十を、送る。
ジェロームの手が、止まった。広場で打たれた手に、布を巻いていた。
『…ユリウス』
「知ってるのか」
『私の、弟子でした。手入れ係は、本部に、三人おりました。一人は年で死に、一人が私、一人が、ユリウスです』
ジェロームは、紙から、目を離さなかった。
『機械が止まった日に、いなくなりました。…あの子は、止まった機械を、放っておける子では、ありません。私と、同じで』
セドリックが、紙を、たたんだ。
『旗のない船は、帝都の西で、三隻いたと聞いています。一隻は、あなたがたが止めた。残りの二隻が、東へ逃げた。…その二隻の船主も、ハイトの家です』
「孤独の大地までは」
『帝国の船で、三日です』
ヴァルターが、塔を、見上げた。昨日の夜、二人で灯りを戻した、塔だった。
『今夜、あの灯りは、誰が点ける』
「私が」
セドリックが、言った。
「記録係ですので。…階段の数を数えるのは、得意です」
ヴァルターが、ふっと、息を吐いた。笑ったのかどうかは、分からなかった。
船は、空へ、上がった。
夕方、セラフィナは、舳先に、一人で立っていた。両手で、エステルの一の粒の灯りを、包んでいた。
マーロウが、横に来た。
『あの子は、暗いのが、こわいんです』
セラフィナは、灯りから、目を離さなかった。
『今夜、あの子は、灯りを、持っていません』
「…持っていってやればいい」
『はい』
セラフィナは、しばらく、黙っていた。
『私は、長たちの前で、ずっと、陛下の名代として、話してきました。…今は、名代として、ではなく』
「頼むな」
マーロウは、言った。
「頼まれなくても、行く」
セラフィナは、初めて、灯りから顔を上げた。薄い灰色の目が、少しだけ、揺れていた。
『…陛下と、同じことを、おっしゃるのですね』
夜、甲板の隅で、オスカが、一人で、突きの形を、繰り返していた。
ブルーノが、帆柱にもたれて、それを見ていた。
『なんで、斬らなかった』
オスカは、突きを、止めなかった。
「あんた、死ぬから」
『死んだって、よかったろ。おれは、あんたらを、殺しに行ったんだ』
「ミラベルは、誰も、斬らなかった。…あたしも、斬らない」
オスカは、剣を、下ろした。ブルーノのほうを、振り向いた。
ブルーノは、床を、見ていた。
『父は、振り向かなかった』
「うん。見てた」
『縄にしがみついて、一度も、振り向かなかった』
オスカは、少し、考えた。
「振り向かなくても、あんたは、あんた」
オスカは、開いたままの手の甲で、自分の胸を、とん、と叩いた。
「ブルーノ。…名前、ある」
ブルーノは、顔を上げなかった。けれど、肩が、一度だけ、揺れた。
機械が止まってから、七十六日目の夜だった。
第十五章 了