第三十章
半分こ

オスカは、ニムの干し杏を、三つ、続けて、食べた。それから、ベルの粒を、一つ、噛んだ。
『…おいしい』
「粒が?」
『粒も。杏も』
オスカは、開いたままの指で、杏の種を、挟んで、眺めた。
『前は、何も、食べなかった。…食べなくて、よかったから』
夕方、広間から、みんなが、引き上げた。
小さな屋根の下に、ウィラと、オスカだけが、残った。
オスカは、ヨカの水路の縁に、座っていた。足を、水の上に、ぶらぶらさせて。水には、触れないように。
「オスカ」
『うん』
ウィラは、言葉を、探した。見つからなかった。
先に、オスカが、言った。
『…マーロウ、いない』
ウィラは、うなずいた。
『知ってる。見てた』
オスカは、自分の両手を、見下ろした。開いたままの、閉じない指を。
『光になって、ほどけるの。…あたし、はさんでた。両手で。ずっと』
オスカの声は、平らだった。平らにしようとしている声だった。
『でも、はさめなかった。光は、手の、あいだを、通っていった』
ウィラは、オスカの横に、座った。
「…あたしも、見てた。叫んだだけで、何も、できなかった」
『ウィラは、守るって、言ってた。…リーネを』
「うん」
『守った?』
ウィラは、少し、考えた。
「…守った。ベルも。オスカも。棚も。孤独の大地の、粒の山も」
オスカは、ウィラを、見た。
『じゃあ、マーロウに、言える』
ウィラの喉が、詰まった。
オスカは、それ以上、何も、言わなかった。ただ、開いたままの手のひらを、ウィラの背中に、そっと、当てた。
挟むのでも、つかむのでもなく。ただ、当てただけだった。
しばらくして、ウィラは、剣を、背中から、下ろした。
鞘ごと、オスカの前に、置いた。
「返しに来た。…約束したから。ちゃんと、起きてるオスカに、返すって」
オスカは、剣を、見下ろした。
それから、ウィラの手を、見た。豆が、何度もつぶれて、固くなった手のひらを。
『ウィラが、前に、立ったんでしょ』
「…立った」
『その手で』
オスカは、剣の柄を、開いたままの両手で、挟んだ。持ち上げた。
それから、ウィラのほうへ、柄を、向けた。
『半分こ』
「半分こ?」
『あたしは、挟む。ウィラは、握る』
オスカは、言った。
『握れる人と、握れない人。…二人で、前に、立つ』
ウィラは、柄を、見た。オスカの、開いたままの指の間に、柄の根元があった。その先に、握れる場所が、あいていた。
ウィラは、手を、伸ばした。柄を、握った。
オスカの手と、ウィラの手が、同じ柄の上で、並んだ。
『ガルドが、ミラベルに、渡して。ミラベルが、あたしに、残して』
オスカは、指を、数えるように、柄の上で、動かした。
『…あたしが、ウィラと、半分こ』
半月が、たった。
孤独の大地へ行く者が、決まった。
ウィラと、オスカ。リーネ。ベル。ガルド。ユリウス。トビアスと、弟子たち。それから、ドラグと、ロズリンと、ケイル。
壁は、グロムに、任せた。
ニムが、干し杏の袋を、オスカに、押しつけた。
『食べすぎるんじゃないよ。…あんたも、あの娘と同じで、底なしなんだろうから』
「…うん。底なし」
オスカが、真面目な顔で、うなずいた。
ヴェスタが、ウィラの手のひらに、根の酒を、塗った。
『剣を、握るなら、豆は、つぶすな。…もう、半分は、あの子が、挟んでくれるんだろう』
「うん。…半分こ、なの」
ガスと、オットと、サムが、門の前で、腕を、組んでいた。
『おい。…帰ってきたら、全部、話せよ』
ガスが、言った。
『一回目は、おれが、聞く。二回目は、オットだ。三回目は』
「サムでしょ」
『…分かってんじゃねえか』
機械が止まってから二百三十一日目の朝、共和国の船と、灰色の船が、東門の前から、浮かんだ。
三日たった昼、白い道が、見えた。
塩の平野が、いつもと、違っていた。
船が、何十隻も、浮かんでいた。帝国の旗。共和国の旗。旗のない船も。白い道の両側に、人が、何千も、集まっていた。オークも、ゴブリンも、翼のある人も、人も。
それから、塔のまわりに、三つ。
光る水の体が、三つ、立っていた。頭も、顔も、ない。塔を、囲むように、黙って、立っていた。
ひとつは、ドンだった。その手のひらに、小舟と、ニコ。
ほかの二つを、ウィラは、知らなかった。ひとつは、ところどころ、白く、凍っていた。
リーネが、ウィラの手を、ぎゅっと、握った。
『…ねえ』
「うん」
『聞こえる』
ウィラは、耳を、すませた。
船の音。人の声。風。
その下から、何かが、聞こえた。地面の、ずっと、ずっと下から。
とん。
とん、とん。
誰かが、叩いていた。
機械が止まってから、二百三十四日目の昼だった。
第三十章 了