第二十三章
光の雨

玉の表面に、ウィラの顔が、映っていた。
黒い渦の手前に、小さく、ゆがんで。
ごおん。
鐘の音が、腹の底まで、響いた。足もとの石が、震えた。光の粒が、ウィラの頬の横を、すり抜けて、玉へ、吸いこまれていった。
ウィラは、息を、吸った。
受けるな。横から、当てろ。逸らしたら、半歩、前へ。
これは、逸らすものじゃない。
線を、引くだけだ。
ウィラは、剣を、振り上げなかった。切っ先を、硝子の表面に、そっと、当てた。右で押す。左は、添えるだけ。
それから、引いた。
しゅっ。
玉の表面に、細い、黒い線が、走った。上から、下へ。
黒い渦が、一瞬、止まった。
硝子が、鳴った。高い、高い音だった。
玉が、割れた。
光が、あふれた。
玉の中に吸いこまれていた粒が、何千も、何万も、一度に、空へ、散った。
夕暮れの空に、光の粒が、広がった。それから、ゆっくり、降ってきた。塔の上に。白い道に。白い建物の屋根に。塩の平野に。
雨のようだった。
光の、雨だった。
ウィラは、塔のてっぺんで、剣を下ろしたまま、それを、見ていた。
頭の上で、船が、ぐらりと、傾いた。四本の鎖が、空っぽの硝子の枠だけを、ぶら下げていた。
下で、ガルドの声が、した。
『ベル!』
ウィラは、塔の縁から、身を乗り出した。
白い道の上に、ベルが、膝をついていた。ガルドが、その腰を、まだ、抱えていた。
ベルが、顔を、上げた。塔のてっぺんの、ウィラを、見上げた。
口の端が、少しだけ、上がった。一番と、同じ形に。
船の上で、男たちが、怒鳴っていた。
「降りろ! 拾え! 落ちた粒を、拾え!」
光の柱が、地面へ、伸びた。男たちが、柱の中を、滑り降りてきた。袋を、手に持って。
その前に、白い服の人たちが、立っていた。
塔の入り口から、白い道いっぱいに、横に、並んでいた。何十人も。武器は、何も、持っていなかった。
いちばん前に、マルタが、いた。
男たちが、足を、止めた。
「どけ」
マルタは、どかなかった。
『前は、言われたことしか、しませんでした』
マルタの声は、小さかった。でも、白い道の、端まで、届いた。
『今は、誰にも、言われていません。…自分で、ここに、立っています』
「どけって、言ってるんだ」
男の一人が、マルタの肩を、つかもうとした。
そのとき、空が、鳴った。
西の空から、船が、来た。
三隻よりも、ずっと大きな船だった。腹の光の柱が、夕暮れの塩の平野を、昼のように、照らした。
舳先に、旗が、あった。帝国の旗が。
船べりに、背の高い、白い髪の男が、立っていた。
グレイだった。
『ゾル、ブラント、エーベルの家の者たち!』
声が、平野に、響いた。年寄りの声とは、思えなかった。
『わしは、誰も、手をつけるなと、言った! …陛下の字を、破った者たちの家が、今度は、わしの字を、破るか!』
光の柱を、滑り降りていた男たちが、柱の途中で、止まった。
グレイの船の腹から、兵が、次々に、降りてきた。何百も。
三隻の船の上で、誰かが、白い布を、振った。
日が、沈んだ。
塩の平野に、光の粒が、点々と、散らばっていた。星を、地面に、まいたようだった。
ウィラは、塔の梯子を、降りた。腕が、震えて、何度も、休んだ。
白い道の上で、ウィラは、しゃがんだ。足もとに落ちていた光の粒を、一つ、拾った。
それから、もう一つ。
グレイが、船から、降りてきた。ウィラの前に、立った。
『ウィラ・ケインか』
「…はい」
『その粒を、どうする』
ウィラは、手のひらの粒を、見た。
「山に、戻す」
『水に、ではなく?』
「まだ、決めてない。…みんなで、決めるって、書いた」
ウィラは、また、一つ、拾った。
「決まるまで、ここに、置いとく。…一つも、なくさないように」
ウィラは、立ち上がった。袋を、腰から、外した。
「父さんは、拾い屋だったの。壁の外で、落ちてるものを、拾って、また、使えるようにしてた」
マルタが、ウィラの横に、しゃがんだ。粒を、一つ、拾った。白い服の人たちが、一人、また一人、しゃがんでいった。
ガルドも。ベルも。ジェロームも、サイラスも、ユリウスも。
グレイは、しばらく、それを、見ていた。
それから、自分の兵たちを、振り返った。
『…拾え』
グレイは、言った。
『一つ残らずだ。夜が明けるまでに』
機械が止まってから、二百三日目の夜だった。
第二十三章 了