第十七章
一人で決めない

昼過ぎ、ガルドとベルと、ジェロームとサイラスが、縦穴から、上がってきた。
グレゴールのグリフォンが、何度も、往復した。縛った六人も、一人ずつ、運び上げた。
丸い部屋の、十二の椅子のまわりに、みんなが、座った。
ウィラ。ベル。ガルド。ジェロームと、サイラスと、ユリウス。セラフィナと、エステル。グレゴールと、額に布を巻いたロルフ。
少し離れて、マルゴット。
ウィラは、帳面を、膝の上に、開いていた。ゆうべから、書きつづけた帳面。頁の端が、すすで、黒くなっていた。
「下の、粒の山」
ウィラは、言った。
「あれ、水に、戻したい」
誰も、すぐには、答えなかった。
「印のない粒。全部。…牛だったのか、人だったのか、海だったのか、分かんないけど。水に、戻したい」
『戻す方法は、あります』
ジェロームが、言った。
『塔の東の建物の横の水路に、ヨアの子が、おります。去年の夏の終わりに、ヨナス殿が、放していきました。白い服の人たちが、毎日、世話を、しております』
「ヨカの、きょうだい」
『はい。粒を、水に、戻します』
「…じゃあ、できる」
セラフィナが、エステルの肩を、抱いたまま、口を、開いた。
『ウィラ。…帝国の灯りのことを、考えなければ、いけません』
セラフィナの声は、静かだった。
『陛下との約束が終わってから、帝都の灯りは、四つに一つ、消えました。冬になれば、もっと消えます。施療所の灯り。子どもの部屋の灯り。…粒一つで、十年、点いている灯りです』
セラフィナは、ウィラを、まっすぐ、見た。
『あの山があれば、帝国じゅうの灯りを、百年、点けておけるかもしれません』
マルゴットが、低く、笑った。あの人の言ってたことも、半分は本当だったってことさ、と、つぶやいた。
ウィラは、唇を、噛んだ。
「…分かってる」
帳面を、握った。
「分かってる。灯りがなかったら、困る人がいる。エステルみたいに。暗いのが、こわい子も」
エステルが、灯りを、抱えなおした。
「でも、水がなかったら、もっと、困る。…十二人は、最初、水のために、あの機械を、作ったんだよ」
丸い部屋が、静かになった。
ガルドが、腕を、組んだ。
『どっちに、する』
「決めない」
ウィラは、言った。
「あたし一人じゃ、決めない。…一人で決めるのは、なし。ミラベルが、そう言ってた。父さんに」
ウィラは、みんなの顔を、一人ずつ、見た。
「帝国の人も。共和国の人も。十二の家の人も。海壁の街の人も。…オークも、ゴブリンも、人も。みんなで、決める」
ウィラは、帳面を、閉じた。
「そのために、下に書いてあったこと、全部、みんなに、見せる。…あたしが、書いて、持っていく」
夕方、手紙を、書いた。
帝都へは、セラフィナが、自分の船で、持っていく。グレイ将軍と、セドリックに。
『帝都へは、三日です。…マルゴット殿も、お連れします。ご主人と、息子さんのところへ』
マルゴットは、何も、言わなかった。ただ、うなずいた。
共和国の都へは、グレゴール。議長と、提督に。
海壁の街へは、ロルフ。
「ロルフ、けが、大丈夫?」
『額の傷など、何でもありません。…グリフォンなら、二晩です』
ウィラは、ドラグとロズリンに、長い手紙を書いた。海壁のことを、全部。帝国暦四十八年の行も、五十九年の行も。読ませたくない、と、ガルドは、言った。でも、ウィラは、書いた。
それから、もう一枚。短い手紙を、書いた。
リーネへ。
見張り、ありがとう。あたしは、元気。ほっぺを、ちょっと、やけどした。
父さんが、生まれた日の行を、見つけた。父さんの名前は、リーネおばあちゃんが、つけたんだって。
帰ったら、話す。線は、まだ、消さないで。
ウィラ・ケイン。
ウィラは、手紙を、ロズリンの手紙の束に、はさんだ。
「リーネ、まだ、字、ちゃんと、読めないの。…ロズリンが、読んでくれる」
『承りました』
ロルフが、手紙を、懐に、しまった。
夜、丸い部屋の隅で、マルゴットが、一人で、座っていた。
ウィラは、その横に、座った。
マルゴットは、自分の大きな手を、見ていた。
『あの人はね』
マルゴットが、ぽつりと、言った。
『若いころ、あたしの手を、握って、言ったんだよ。大きくて、あったかい、いい手だ、って。…港の、荷の数え方も、知らない娘だったのに』
「…好きだったの」
『好きだったさ』
マルゴットは、笑った。
『ハイトの家に入って、あの人は、変わった。灯りの数と、船の数と、粒の数ばかり、数えるようになった。…あたしの手も、あの子の手も、数に、入らなくなった』
マルゴットは、手を、握って、開いた。
『縄の中で、あの子の頭を、抱えたって、言ったね。…あの人、まだ、あの手を、覚えてたんだね』
ウィラは、何も、言わなかった。
ただ、マルゴットの大きな手の横に、自分の手を、並べて、置いた。
夜更け、ジェロームが、丸い部屋に、来た。
手に、薄い硝子の板を、一枚、持っていた。刃を作った部屋の、板だった。
ジェロームの目が、赤かった。眼鏡を、何度も、拭いたあとの、赤さだった。
『ウィラ殿。…お話が、あります』
ウィラは、顔を、上げた。
『刃を作った部屋の、古い記録を、今夜、ユリウスと、読み返しておりました。…二番の、作り方の、記録を』
「ベルの?」
『はい』
ジェロームは、板を、ウィラの前に、置いた。
『オスカ殿を、戻せるかも、しれません』
機械が止まってから、百九十六日目の夜だった。
第十七章 了