海壁

第二十四章

二百

挿絵:二百

夜明けに、最後の粒が、山に、戻った。

グレイの兵が、袋を、縦穴の底まで、何十往復も、運んだ。白い服の人たちが、塩の平野を、端から端まで、歩いて、拾った。一つ残らず。

ウィラは、塔の窓の前で、指を、折った。

「…二百」

声に、出してから、気がついた。

二百。

父さんが、いなくなってから、ちょうど、四十日だった。


昼前、グレイが、縦穴に、下りた。

ウィラと、サイラスが、一緒だった。

グレイは、細い道を、ゆっくり、下りた。一周ごとに、立ち止まって、板の字を、読んだ。サイラスが、灯りを、掲げた。

帝国暦五十九年、春の行の前で、グレイは、長いこと、動かなかった。

海を、人から、守る壁。

壁の外から戻った者は、東へ、送る。

『…わしが』

グレイの声は、低かった。

『わしが、ドラグ・モーテンセンを、海壁の隊長にした。…十四年前だ』

ウィラは、黙って、聞いていた。

『壁を、守れ、と、言った。何を守る壁なのか、わしも、知らなかった』

グレイは、板に、手を、置いた。古い、大きな手だった。

『知らなかった、では、済まんな。…わしの字で、あいつを、あそこに、立たせたのだから』


四十八年の行も、読んだ。人を、守るために。

六十八年の行も、読んだ。イーダ・ケイン。眠らせて、血を、取る。

いちばん底で、粒の山の前に、立った。

床の、いちばん古い板。帝国暦八年、冬。人が、渇いて、死んでいく。

グレイは、その板の前に、片膝を、ついた。

陛下の棺の前で、ヴァルターが、そうしていたと、父さんから、聞いていた。

長いこと、何も、言わなかった。

『…十二人は、助けたかったのだな』

やがて、グレイが、言った。

「…はい」

『渇いて、死んでいく者を。…灯りのない夜に、震えている者を』

グレイは、粒の山を、見上げた。

『わしも、だ。陛下のいない帝国を、十年先も、灯りのある国にしたかった。…だから、この山が、欲しかった。正直に言えばな』

ウィラは、グレイの横顔を、見た。

「…悪い人じゃ、ないんだね」

『悪くない者が、いちばん、厄介なのだ』

グレイは、立ち上がった。膝の、きしむ音がした。


昼過ぎ、空から、グリフォンが、降りてきた。

ロルフだった。額の布は、もう、外していた。

『海壁の街から、返事です』

ロルフは、ウィラに、手紙の束を、渡した。

いちばん上は、ロズリンの字だった。

その下に、一枚。字ではなかった。絵だった。

剣を持った女の子。その横に、小さな女の子。角笛を、首から下げて。下に、大きな、曲がった字が、並んでいた。

ウィラ はやく かえってきて。せんは まだ けしてない。リーネ。

ウィラは、その絵を、胸に、押し当てた。

しばらく、顔を、上げられなかった。

それから、ロズリンの手紙を、開いた。読んでいくうちに、ウィラの目が、大きくなった。

「…グレイ将軍」

グレイが、振り向いた。

「ドラグが、黒の書に、書いたって。最後の頁に」

ウィラは、手紙を、読み上げた。

帝国暦三五〇年、春。海壁は、人を守る壁に、戻る。壁の隊長、ドラグ・モーテンセン。

グレイは、動かなかった。

それから、ふっと、息を、吐いた。笑ったのだった。白い髭の下で。

『…あいつは、わしより、先に、決めたか』

グレイは、空を、見上げた。西の空を。海壁の街の、ほうを。

『昔から、そうだった。黙って、先に、立っておる』


夕方、グレイは、白い道の上で、ウィラと、向かい合った。

グレイの兵たちが、三隻の船の船乗りを、縛っていた。ゾルの家、ブラントの家、エーベルの家の者たちを。

『この者たちは、帝都へ、連れて帰る。家の長たちと、一緒に、裁く』

「…はい」

『それから』

グレイは、ウィラを、まっすぐ、見た。

『帝国は、あの山を、勝手に、灯りにはせん。…わしが、そう決めた。わしの字でだ』

ウィラは、息を、呑んだ。

『みんなで決める、と、おまえは、書いた。…その場を、わしが、作る。ここで。この塔の下で』

グレイは、指を、折った。年寄りの、太い指で。

『帝国の、十の家。共和国の、議長と議会。十二の家。海壁の街。…それから、ここの、白い服の者たちも』

グレイは、塔の東の、水路のほうを、見た。

『三十日後だ。報せは、わしの船で、出す』

ウィラは、しばらく、何も、言えなかった。

それから、頭を、下げた。深く。

「…ありがとう、ございます」

『礼は、いらん』

グレイは、背中を、向けた。

『陛下なら、そう言う。…それに、わしは、読んだだけだ。十二人の字を』

機械が止まってから、二百四日目の夕方だった。

第二十四章 了