第二十二章
鐘の玉

三日後の夕方、ベルが、塔のいちばん上から、降りてきた。
いつもの平らな声では、なかった。
『ウィラ。西の空から、船が、三隻。…灯りを、消しています』
ウィラは、炉の前で、ユリウスの削った小さな板を、見ていたところだった。
「旗は?」
『ありません』
ガルドが、鞴から、足を、下ろした。
「ハイトの家は、もう、船を持っとらん。…別の家だ」
船は、塔の真上で、止まった。
三隻とも、帝国の船だった。セラフィナの船より、ひとまわり大きかった。腹から、白い光の柱が、何本も、地面へ、伸びていた。
いちばん大きな船の腹に、何かが、吊るされていた。
太い鎖が、四本。その先に、硝子の、丸い玉。荷車ほどの大きさだった。玉の中で、黒いものが、ゆっくり、渦を巻いていた。
船べりから、声が、降ってきた。
『孤独の大地の者たちに、告ぐ! 塔の下の粒の山は、帝国の灯りとして、十の家が、預かる!』
「預かる?」
ウィラは、塔の前の、白い道に、立っていた。剣を、背負って。
「まだ、誰も、決めてない! みんなで、決めるって、書いたのに!」
返事は、なかった。
代わりに、吊るされた玉が、下がってきた。塔のてっぺんの、すぐ上まで。
玉の中の黒い渦が、速くなった。
ごおん、と、音がした。鐘を、水の中で、鳴らしたような音だった。
ベルが、ウィラの横で、よろめいた。
「ベル?」
『…吸われています』
ベルの声が、揺れた。
『一番が、昔、話していました。共和国の国境の、鐘鳴き。…頭の代わりに、穴があって、粒を、遠くから、吸う獣』
ベルは、自分の胸を、押さえた。
『あの玉は、鐘鳴きの、穴の作りです。…私の胴は、半分が、粒です』
ベルの足が、白い道の上を、ずるりと、すべった。塔のほうへ。玉のほうへ。
ウィラは、ベルの腕を、つかんだ。金属の腕を。
「離さない!」
ごおん。
もう一度、鐘が、鳴った。
塔の下から、光が、噴き上がった。
丸い部屋の、四角い穴。心臓の部屋の、縦穴。
その底から、光の粒が、一つ、また一つ、浮かび上がってきた。
十。百。千。
光の粒は、縦穴の中を、渦を巻いて、上っていった。三十五周ぶんの壁の板の字を、下から、照らしながら。
塔の窓という窓から、光が、あふれ出した。
粒の山が、吸い上げられていた。
ジェロームが、塔の入り口に、駆けこんでいった。サイラスとユリウスが、続いた。
グレイの兵の五人が、灰色の船へ、走った。
ガルドが、ウィラの横に、来た。
「あの玉だ。…あれを、止めんと、全部、持っていかれる」
『どうやって』
ガルドは、塔のてっぺんを、見上げた。玉は、その、すぐ上だった。
「塔の上からなら、届く。…剣が」
ウィラは、ベルの腕を、つかんだまま、塔を、見上げた。
塔の外の、細い鉄の梯子。てっぺんまで、ずっと、続いていた。
ベルが、言った。
『ウィラ。…手を、離してください』
「やだ」
『私が、ここにいると、ウィラは、上がれません』
ベルの足が、また、すべった。ウィラの足も、一緒に、すべった。
ベルは、ウィラを、見た。一番と同じ顔で。
『ガルドさんが、私を、押さえます。…ウィラは、上へ』
ガルドが、黙って、ベルの腰に、太い腕を、回した。左腕一本で。両足を、白い道に、踏ん張った。それから、顎で、梯子を、示した。
ウィラは、ベルの腕を、離した。
梯子へ、走った。
鉄の梯子は、冷たかった。
ウィラは、上った。剣が、背中で、揺れた。
下で、白い服の人たちが、塔の入り口の前に、集まっていた。マルタが、いちばん前に、いた。
上で、光の粒が、塔のてっぺんから、玉へ、吸いこまれていった。滝が、逆さに、流れているようだった。
ウィラは、上りながら、数えていた。
いち。に。さん。
父さんも、こうやって、梯子を、上ったのだ。坑の底から、三十日。三千八百メートル。棒を、一本ずつ、数えながら。
じゅう。にじゅう。
腕が、震えた。風が、強くなった。
ごおん。
鐘の音が、すぐ頭の上で、鳴った。
ウィラは、最後の一段を、上った。
塔のてっぺんの、平らな石の上に、出た。
玉が、目の前に、あった。荷車ほどの、硝子の玉。中で、黒い渦が、吠えるように、回っていた。光の粒が、四方から、渦の中へ、吸いこまれていた。
ウィラは、剣を、背中から、抜いた。
右で押す。左は、添えるだけ。
機械が止まってから、二百三日目の夕方だった。
第二十二章 了