海壁

第七章

途切れた輪

挿絵:途切れた輪

昼、東門の横の小屋に、捕らえた者が、並べられた。

ドミニク。噛む兵が五人。ドンに押さえられた船の、船乗りが九人。全部で、十五人だった。

グロムが、机の前で、名前を、一人ずつ、書いていた。

ベルが、並んだ十五人の前に、立った。

『先に、お伝えしておきます』

ベルは、平らな声で、言った。

『皆さんは、ゆうべ、海を泳ぎました。排水口から入った人も、浜へ泳ぎ着いた人も。…手首まで浸けて、十を数えるより、ずっと、長く』

船乗りの何人かが、顔を、見合わせた。

『海のそばにいれば、進みません。三か月、切らさなければ、戻ります。…ですから、三か月、この街から、離れないでください。離れたら、十一日目に、変わります』

小屋が、しんとした。

グロムが、ペンを、止めずに、言った。

「…三か月。牢は、要りませんな」

ドミニクが、顔を、上げた。

『…三か月?』

ドラグが、鼻を鳴らした。それから、声を出さずに、肩を、揺らした。


ドミニクは、縄をかけられたまま、ウィラを、見上げた。

ウィラは、剣を、膝に置いて、ドミニクの前に、座っていた。うしろに、セラフィナとベル。戸口に、ケイルを抱いたロズリン。

「孤独の大地の、錆びない戸のこと。…知ってること、全部、言って」

『言って、どうなる』

「言わなくても、どうにもならない。…三か月、ここにいるんでしょ」

ドミニクは、しばらく、黙っていた。それから、息を、吐いた。

『戸は、二つある。塔の下の丸い部屋の奥に、並んどる。小さいほうと、でかいほうだ』

「でかいほう?」

『心臓の部屋、と、ユリウスは、呼んどった。旦那は、先に、でかいほうを、試させた。…蔵があるなら、でかいほうだ、と言ってな』

「試させたって、何で」

『腕の、指の光だ。ユリウスが、余った指を一本、部屋に運びこんで、戸に当てた。石を溶かす、あの光だ。…戸の上を、すべっただけだった。傷も、つかなかった』

ドミニクは、自分の濡れた髭を、見下ろした。

『戸の真ん中に、輪が、彫ってあった。ぐるっと回って、一か所だけ、途切れとる輪だ』

「…途切れた、輪?」

ウィラが、繰り返した。戸口で、ロズリンが、顔を、上げた。

『…都の、蓋と、同じです』

「ロズリン、知ってるの?」

『蓋の真ん中にも、途切れた輪が、ありました。…鍵穴です。鍵は、ケインの血でした』

ロズリンは、ケイルを、抱きなおした。

『マーロウさんの血を、ひとしずく落とせば、線がつながって、開く。…あのときは、そう、書きました』

ウィラは、剣の柄を、握った。

「…その血は、もう、ない」

『はい。…ですから、剣です』

ベルが、うしろで、言った。

『錆びない金属は、名前のない剣でしか、切れません。輪が使えなくなった戸は、もう、剣でしか、開きません』

「…開けるのは、あたし」

ドミニクが、ウィラの顔を、見ていた。

『あの戸の向こうに、三百年ぶんの粒がある、と、旦那は、言っとった』

「粒じゃない」

ウィラは、言った。

「字だよ。本部が、三百四十年、書いたもの。…全部」

ドミニクは、しばらく、ぽかんとしていた。それから、低く、笑いだした。

『字か。…字のために、おれは、耳飾りを、噛んだのか』


夕方、納屋の前に、みんなが、集まった。

「十三日後の朝に、行く」

ウィラは、剣を、両手で、立てて、言った。

「三か月が、明ける日。…灰色の船で、孤独の大地へ」

ベルが、うなずいた。

『私も、行きます。杭は、ミアに、教えました』

「うん。…ベルが、いないと、困る」

グレゴールが、一歩、前に、出た。

『空は、私と、ロルフが』

「お願い」

ガルドが、腕を、組んだ。

『おれも、行く』

「ガルドさんも?」

『その剣を、ミラベルに渡したのは、おれだ。…どこまで行くのか、見届ける』

ウィラは、うなずいた。それから、セラフィナを、見た。

「セラフィナさんは、帝都に、帰るんでしょ」

セラフィナが、エステルの肩を、抱いていた。

『私の船も、並べます。孤独の大地から、帝都へは、三日です。…帰り道の、途中ですから』

エステルが、リーネの手を、握っていた。

ウィラは、セラフィナに、頭を下げた。

「…ありがとう」

ロズリンは、しばらく、黙っていた。

それから、帳面を、一冊、ウィラに、差し出した。新しい帳面だった。まだ、何も、書いていなかった。

いや、最初の頁に、一行だけ、あった。

書く人、ウィラ・ケイン。

『私も、行きたいです。…読みたいです。全部』

ロズリンは、胸のケイルを、見下ろした。

『でも、この子が、先です。…ですから、読んだものを、書いてきてください』

ウィラは、帳面を、受け取った。両手で。

「…あたし、字、下手だよ」

『字の書き方を、教えたのは、私です』

ロズリンは、少しだけ、笑った。

『東へ向かう荷車の上で。…覚えていますか』

「…覚えてる」


その夜、揺りかごが、できあがった。

ドラグは、角を、指で、なぞった。もう、どこも、とがっていなかった。

ロズリンが、眠ったケイルを、そっと、寝かせた。揺りかごが、小さく、揺れた。

ロズリンは、ドラグを、見上げた。

『隊長。…好きです』

「…知っとる」

ドラグは、揺りかごを、見ていた。耳の先が、赤かった。

しばらくして、ぼそりと、言った。

「…おれもだ」


納屋に戻ると、リーネが、干し草の上に、座っていた。

膝を、抱えていた。ウィラの顔を、見なかった。

『…あたしも、行く』

「だめ」

『なんで』

「リーネは、ここで、数えるの。毎朝。…オスカにも、訊くんでしょ」

リーネは、唇を、噛んだ。

『おじさんも、行って、いなくなった』

ウィラは、何も、言えなかった。

リーネは、外套の袖で、顔を、こすった。それから、干し草から、飛び降りて、戸口の外へ、走っていった。

機械が止まってから、百七十八日目の夜だった。

第七章 了