第十六章
灯り

グリフォンは、四角い穴から、丸い部屋へ、飛び出した。
部屋は、暗かった。
十二の椅子が、輪になって、並んでいた。その輪の外、廊下へ続く入り口で、火が、揺れていた。
入り口の前に、セラフィナが、一人で、立っていた。
銀の髪が、乱れていた。左手に、焦げた布を、巻いていた。左手は、使えなかった。右手の指先を、口に、含んでいた。
指先から、細い光の糸が、伸びた。廊下の暗がりへ、走った。銅の筒の先が、一本、落ちた。
廊下の向こうで、男たちが、怒鳴った。火が、また、噴き出した。セラフィナは、身をかがめて、入り口の柱の陰に、隠れた。火が、柱の横を、なめていった。
入り口の脇に、ロルフが、倒れていた。額から、血が、流れていた。息は、していた。
「セラフィナさん!」
セラフィナは、振り向かなかった。
『ウィラ。…エステルを』
声が、かすれていた。
『ケインの椅子の、下です。灯りを、消させました。…見つからないように』
ウィラは、椅子の輪の中を、見た。
真っ暗だった。
マルゴットが、グリフォンの鞍から、降りた。
入り口の柱の陰に、セラフィナと並んで、立った。セラフィナが、マルゴットの顔を、見た。目が、少し、細くなった。
『…ハイトの奥方』
「話は、あとだ」
マルゴットは、廊下の火へ、顔を、向けた。
大きく、息を、吸った。
「やめな!」
声は、廊下じゅうに、響いた。
「ハイトの家の者は、筒を、下ろしな! …あたしだよ! マルゴットだよ!」
火が、止まった。
廊下の暗がりから、ざわざわと、声がした。
一人の男が、火の明かりの中に、出てきた。オークだった。背が高く、耳が、片方、ちぎれていた。手に、太い筒を、二本、持っていた。
『奥様』
オークは、太い声で、言った。
『粒は、この下ですぜ。…山ほど、ある。旦那を、出せる。坊ちゃんの腕も、治せる』
「要らない」
『奥様』
「要らないって、言ってるんだよ!」
マルゴットは、柱の陰から、廊下のまん中へ、出た。筒の、まん前に。
「あの人はね、縄の中で、あの子に、よくやったって、言ったんだ。…あたしが、二十五年、言わせたくて、言わせられなかったことを」
マルゴットの声が、震えた。
「粒で、あの人を出したって、あの人は、また、同じことを、やるだけだ。…あの子は、それを、止めたんだよ。自分の手で」
オークは、筒を、構えたまま、動かなかった。
「ハイトの家は、あの子の家だ。…あの子に、恥をかかせるんじゃないよ」
長い、長い、間があった。
オークが、筒を、下ろした。
それから、筒の口を、床に、向けた。中の、光る布を、足で、踏みつぶした。
廊下の奥で、次々に、筒が、床に、置かれる音がした。
ウィラは、椅子の輪の中へ、入った。
腰から、灯りを、外した。
小さな硝子の灯り。中で、粒が一つ、白く、光った。
ケインの椅子の下を、照らした。
エステルが、いた。
膝を抱えて、小さく、丸まっていた。目を、ぎゅっと、閉じていた。唇を、噛んでいた。声を、出さないように。
「エステル」
エステルの目が、開いた。
光を、見た。ウィラを、見た。
『…ウィラ』
「返しに来た」
ウィラは、灯りを、エステルの手に、握らせた。
エステルは、灯りを、両手で、胸に、抱えた。
『…こわく、なかった』
小さな声だった。
『おかあさまが、いたから。…こわく、なかった』
それから、エステルの顔が、くしゃくしゃに、なった。
『…うそ。こわかった』
ウィラは、椅子の下に、もぐりこんだ。エステルを、灯りごと、抱きしめた。
「こわかったね。…ずっと、声、出さなかったんだね」
『おかあさまが、しーって、言ったから』
「えらかった」
うしろから、足音が、した。
セラフィナが、椅子の前に、膝を、ついた。焦げた布を巻いた手で、娘の髪を、なでた。
『…エステル』
エステルが、椅子の下から、転がり出て、母の胸に、飛びこんだ。
「おかあさま…っ」
セラフィナは、焼けた手のことなど、忘れたように、娘を、抱きしめた。
夜明けに、ウィラは、塔の窓の前で、指を、折った。
『…百九十二』
ロルフは、額に、布を巻いて、起き上がっていた。グレイの兵たちは、塔の外で、ハイトの家の船乗りを、縛りおえていた。
刃を作った部屋で、ユリウスが、縄をほどかれて、座りこんでいた。
「板は、無事です」
ユリウスは、額の古い傷を、かいた。
「ただ、あの人たちが、隠れるときに、何枚も、触ったので。…一晩じゅう、ミラベル殿が、しゃべっていました。坊や、好き、と。何回も」
ウィラは、声を出して、笑った。笑って、少し、泣いた。
丸い部屋の隅で、マルゴットが、エステルの前に、膝をついていた。
『うちの人が、あんたを、さらった。帝都で。…ごめんよ』
エステルは、灯りを、抱えたまま、マルゴットを、見た。
「…オスカが、剣を、渡して、助けてくれた」
『そうかい』
「オスカ、今、止まってるの。…ウィラの街で」
マルゴットは、何も、言えなかった。
機械が止まってから、百九十六日目の朝だった。
第十六章 了