第十四章
吹き筒

最後の曲がり角から、男が、一人、出てきた。
濡れた布を、口に巻いていた。両手で、細い銅の筒を、構えていた。筒の先が、赤く、光っていた。
男は、筒を、口に当てた。
吹いた。
ごうっ、と、火が、噴き出した。
細い道いっぱいに、火が、走ってきた。ウィラの前髪が、ちりっと、焦げた。
ウィラは、剣を、横に、倒した。刃の腹で、逸らそうとした。
火は、逸れなかった。刃の腹を、回りこんで、ウィラの頬を、なめた。
「熱っ…!」
ガルドが、ウィラの襟を、うしろへ、引いた。壁の板を、盾のように、前へ、突き出した。
火が、錆びない金属に、当たって、左右に、割れた。
『火は、逸らせん!』
ガルドが、怒鳴った。
『筒だ! …筒を、切れ!』
ウィラは、頬を、押さえたまま、男の手もとを、見た。
銅の筒。中に、何か、光っている。
「…中に、何か、入ってる」
ベルが、ウィラの横で、言った。
『粒を、唾で濡らした布に、包んで、筒に、詰めています。吹くと、中で、ほどけて、火が、前に、出ます。…ほどき矢と、同じ作りです』
「一本で、ずっと、出るの?」
『筒の中の粒が、燃え尽きるまでです。…十、数えるくらいだと、思います』
男が、もう一度、筒を、口に当てた。
ウィラは、息を、吸った。
いち。
ごうっ。
火が、来た。ガルドの板が、受けた。
に。さん。し。
火の音の向こうで、男が、息を、継ぐのが、聞こえた。
ご。
ウィラは、板の陰から、飛び出した。半歩。もう半歩。
男の目が、大きくなった。筒を、ウィラへ、向けなおそうとした。
ウィラは、剣を、振らなかった。刃を、筒の上に、そっと、当てた。右で押す。左は、添えるだけ。
しゅっ。
筒の先が、ころりと、落ちた。
中の光る布が、道の上に、転がった。火は、行き場をなくして、ぶすぶすと、布の上で、くすぶった。
男は、先のなくなった筒を、見下ろした。
ガルドの、板の縁が、男のみぞおちに、入った。男は、息を詰めて、膝をついた。
「一人」
ガルドが、言った。
二人目も、三人目も、筒を、持っていた。
道は、人ひとりぶんの幅だった。一人ずつしか、来られなかった。
ガルドの板が、火を、受ける。受けているあいだに、ウィラが、出る。筒の先を、落とす。ベルが、足を、少しだけ、出す。
男たちは、転んで、道の上で、うずくまった。
ベルは、倒れた男の腰の縄を、ほどいて、手首を、縛った。
『刃の人に、縛られるのは、屈辱でしょうか』
男は、答えなかった。目を、白黒させていた。
「ベル、話しかけなくていいから」
『はい。…うん』
ジェロームとサイラスが、縛った男たちを、粒の山から、遠いところへ、引きずっていった。
四人目。五人目。
ウィラの腕が、震えはじめた。頬の火傷が、ずきずきと、痛んだ。
六人目で、火が、止まった。
ウィラは、道の壁の板に、背中を、あずけた。息が、なかなか、戻らなかった。
「…ろく」
自分で、数えていた。気がつくと、いつも、数えていた。
海壁の街の壁の上で、リーネも、今ごろ、何かを、数えているだろうか。角笛を、抱えて。
サイラスが、濡らした布を、ウィラの頬に、当てた。
『火傷です。…浅いです。跡は、残りません』
「残っても、いい」
『残らないほうが、よろしいです。…ロズリン様に、叱られますので』
ウィラは、少しだけ、笑った。
曲がり角の向こうから、誰も、来なかった。
代わりに、足音が、一つ、ゆっくりと、下りてきた。
女だった。
五十くらい。背は、高くなかった。灰色の髪を、うしろで、固く、ひっつめていた。仕立てのいい服は、すすで、黒く、汚れていた。
手が、大きかった。背丈に、似合わないほど、大きな手だった。
女は、筒を、持っていなかった。縛られた六人を、一人ずつ、見た。それから、ウィラを、見た。
『あんたが、刃の子かい』
「…刃の子じゃない。ウィラ・ケイン」
『ケインの、娘か』
女は、ウィラのうしろの、粒の山を、見上げた。光る山を。
女の口が、少し、開いた。
『…本当に、あった』
女は、小さく、笑った。泣きそうな、笑い方だった。
『あの人は、嘘は、つかなかった。…嘘は』
「あの人?」
女は、ウィラを、見た。
『ハイトの家の、マルゴット・ハイト。オズワルド・ハイトの、妻だよ』
ウィラは、剣を、構えたまま、動けなかった。
マルゴットは、大きな手を、胸の前で、握りしめた。
『その粒を、もらいに来た。…夫と、息子のためにね』
機械が止まってから、百九十五日目の夜だった。
第十四章 了