海壁

第十一章

十二人の字

挿絵:十二人の字

サイラスは、字の変わり目の板に、灯りを、近づけた。

上の板の、いちばん下の行。本部の、まっすぐな字。

帝国暦五十八年、秋。十一人を、粒にした。

止めよ、と、言われた。止まる理由が、計算に、なかった。

その一枚下。曲がった、人の字。

帝国暦五十八年、秋。明日、十一人で、止めに行く。エリスは、蓋の下で、眠っている。起こさない。シグルド・ノール。

それが、人の字の、最後の行だった。

「…止めに、行って」

ウィラが、言った。

「そのまま、粒に、されたんだ」

『はい』

サイラスの声は、静かだった。

『十一人の名前は、ロズリン様の帳面に、ございます。…ここに書いたのは、その一人です』

「…ノール。アディの、ご先祖さま」

ウィラは、シグルド・ノール、の字を、指で、なぞった。字は、深く、刻んであった。力を入れて、刻んだ字だった。


そこから下は、全部、人の字だった。

十二人が、交代で、書いていた。書く人によって、字の癖が、ちがった。

帝国暦四十年。三十年。

三十三周目で、サイラスが、また、止まった。

『…エリス・ケインの、字です』

細くて、少し右に傾いた、きれいな字だった。

帝国暦二十九年、春。今日、ベアタを、作り直した。二十五。

海の水を飲んでも、変わらない体。少しの水で、長く生きる体。水の少ない世界で、歩いていける体。

ゴブリン、と、ベアタは、自分で名前をつけた。気に入ったそうだ。

人の、続き。

エリス・ケイン。

ウィラは、灯りを、握りしめていた。

「…陛下だ」

帝都の、小さな皇帝。父さんたちが、会いに行った人。

「陛下、人だったんだ。…二十五まで」

サイラスは、うなずいて、次の行を、読んだ。字が、ちがった。何人もの字が、一行ずつ、並んでいた。

作り直さない人を、少しだけ、残す。水が戻る日のための、控え。十二人で、決めた。

その下に、十二の名前が、並んでいた。一人ずつ、自分の手で、刻んでいた。

ウィラは、しばらく、黙っていた。

それから、言った。

「…オークも、ゴブリンも、翼のある人も。…みんな、人なんだ」

『人の続き、と、書いてあります』

「ドラグも。ニムさんも。グロムさんも。陛下も」

ウィラは、自分の手を、見た。

「作り直さなかったほうが、あたしたち。…控え」

ガルドが、低く、笑った。

『控えか。…帝国の千人隊長が、控えだったとはな』

それから、ガルドは、壁の板を、見上げた。

『水が戻る日のための、と、書いてある。…戻る日のため、だ』

「…うん」


その少し下に、また、エリスの字が、あった。

娘のイーダは、作り直さない。控えの一人に、する。

水が戻ったら、あの子に、麦を、育ててほしい。

イーダは、私と、同じ座り方をする。膝を抱えないで、背中を、壁につけて。何かを待つとき、いつも。

ウィラは、息を、止めた。

「…ケインの、座り方だ」

ジェロームが、ウィラを、見た。

「父さんが、いつも、そうやって、座ってた。ミラベルが、ケインの座り方って、呼んでたの。…エリスさんの板に、そう書いてあったって」

ウィラは、灯りを、下ろした。

「イーダさんの、座り方だったんだ」


一行は、道の、少し広くなったところで、休んだ。

サイラスが、背負い袋から、布の包みを、出した。

『弁当で、ございます』

「サイラスさんが、作ったの?」

『父の分を、毎日、作っておりますので。…五人分も、同じです』

ジェロームが、包みを、受け取った。振り向いて、受け取った。

ウィラは、壁の板に、背中を、つけて、座った。膝を、抱えずに。

パンを、かじった。

それから、ぽつりと、言った。

「イーダさん、…そのあと、どうなったの」

誰も、答えなかった。

「蓋の上で、麦を、育てたって。エリスさんの板に、書いてあったって。…そのあとは」

サイラスが、パンを、置いた。

灯りを、持って、立ち上がった。

『上へ、戻ります。…四周ほど』

「上?」

『イーダ・ケインの名が、本部の字の中に、あるなら、五十八年より、あとです』

サイラスは、今、下りてきた道を、見上げた。

『本部は、あの日から、この部屋に、一人で、書いてきました。…十二人がいなくなったあと、ケインの家の娘を、放っておいたとは、思えません』

ウィラは、パンを、握ったまま、立ち上がった。

機械が止まってから、百九十五日目の昼過ぎだった。

第十一章 了