海壁

第二十八章

二人で決めた名前

挿絵:二人で決めた名前

翌朝、提督の船が、ヨアの子を二つ積んで、東へ発った。孤独の大地の分と、ヘルンの港の分。

ヨナスが、壺を、両腕で抱えて、光の柱の前に立っていた。

『孤独の大地の、塔の下の水路に、放してきます。…白い服の人たちに、名前をつけてもらいます』

「ヘルンのほうは」

『サイラスさんに、預けます。提督が、そうしろと』

「頼む」

ニコは、ウィラとミアに、両側から抱えこまれていた。

『姉ちゃんたち、苦しい』

「我慢して。姉ちゃん、二人いるんだから、二倍」

『筒、飲んでる。…ちゃんと、飲んでるから』

ニコは、先に言った。ウィラが、言う前に。

ウィラは、笑って、それから、ニコの頭を、ぐしゃぐしゃにした。


夕方、ドラグとロズリンは、壁の上に並んで座っていた。

ロズリンは、帳面を、膝の上に開いていた。頁の上のほうに、字が二つ、書いてあった。どちらも、線で消してあった。

「決まらんのか」

『決まらないんです。…二人で決めると、言ったので』

ドラグは、海を見た。

乾いた底だったところに、水が、広く、浅く、光っていた。

「男なら」

ドラグが、先に言った。

「男なら、ケイル」

ロズリンは、筆を止めた。それから、ゆっくり、帳面に書いた。ケイル。今度は、消さなかった。

『はい。…兄さんに、叩かれないように』

「兄貴が生きとったら、何て呼んだかな。この子を」

『チビ、だと思います。…オークの家では、婿の兄が、呼び名を決めるんでしょう』

「チビか」

ドラグは、鼻を鳴らした。

「兄貴なら、言いそうだ」

「女なら」

『女の子なら』

ロズリンは、少しだけ、ためらった。

『ブリン、は、どうでしょう』

ドラグが、ロズリンを見た。

『隊長と、都へ行った人です。塩を、いつも入れすぎて。…みんなに、豆を炊いた人』

ドラグは、しばらく、黙っていた。

それから、声を上げて、笑った。壁の上の兵が、振り向くくらいの声だった。

「あいつが聞いたら、殴られるぞ。うれしくて」

『殴られても、いいです』

ロズリンは、帳面に、ブリン、と書いた。消さなかった。

二つの名前が、並んだ。

『決まりました。…二人で』


その夜、市場で、ロズリンが、二つの名前を、みんなに知らせた。

ケイル、と聞いたとき、市場の端で、グレゴールが、槍を持ったまま、動かなくなった。それから、誰にも見えないように、深く、頭を下げた。

ガスが、ブリンの名前で、吹きだした。

『あのおっかねえ豆炊きの名前かよ!』

「文句あんの」

ウィラが、ガスを睨んだ。

『ねえよ。…ねえけど、ちっこいのが、塩入れすぎた豆を炊くとこ、想像しちまった』

ミラベルが、ロズリンの前に、しゃがみこんでいた。

「ロズリン。生まれたら、あたし、抱っこしていい?」

『はい。…もちろんです』

「練習、してるの。毎晩。心の中で」

ミラベルは、干し草を丸めた束を、どこからか持ってきて、両腕に抱えてみせた。首のところを、ちゃんと、腕で支えて。

ベルが、横で、束の重さを、手で測っていた。

『赤ん坊より、軽いです。…明日から、水の袋を足します』

「ベル、それ、本気で言ってる?」

『本気です。練習は、本物に近いほうが、いいです』

ウィラが、笑いすぎて、ミアにもたれかかった。


夜更け、納屋の干し草の上で、ミラベルは、マーロウの胸に、耳をつけていた。

『ロズリンの赤ちゃん、冬の終わり』

「ああ」

『ケインの座り方、教えてもいい?』

「ケインの子じゃないだろ」

『いいの。膝を抱えないで座るの、かっこいいもん』

マーロウは、少しだけ、笑った。

『坊や。…あたしたちの子の名前、まだ、言わない?』

「拾ってからだ」

『ずるい』

「ずるくない」

ミラベルは、マーロウの胸に、指で、ぐるぐると、字にならない字を書いた。

『じゃあ、毎晩、訊くね。…言いたくなるまで』

「訊け。毎晩な」

機械が止まってから、四十四日目の夜だった。

第二十八章 了