海壁

第十一章

夜の番

挿絵:夜の番

昼、詰め所の机に、グレゴールが、炭で線を引いていた。

壁と、納屋と、乾いた底と、東の空。

『近衛の偵察は、二晩続けて、同じ高さで回ります。三晩目に、来ます』

「今夜か」

ドラグが言うと、グレゴールは、うなずいた。

『月を背にして、東から。乾いた底の上を、地面すれすれに来て、壁の手前で、一度に上がります。狙う屋根に、網を落とす。…先頭の一騎が、いちばん先に降ります』

グレゴールの炭が、納屋の屋根の上で、止まった。

『先頭が落ちたら、残りは、引き返します。そう教えました。先頭が落ちた隊は、それ以上、誰も失ってはいけない、と』

「誰に教わった」

『将軍に。…私が、そのまま、近衛に教えました』

マーロウは、線を見ていた。

「狙いは、おれか」

『はい。生きたまま、運ぶための網です。…血が、要るのですから』

ドラグが、腕を組んだ。

「先頭は、どうやって落とす」

グレゴールは、炭を置いた。

『私が、つかみます』


夜、納屋の干し草の上で、ミラベルが、マーロウと戸口のあいだに、寝転がった。

『坊やは、そっち。内側』

「…逆だろ、普通」

『普通じゃないもん。一番強いの、あたしだもん』

マーロウは、少しだけ、笑った。

「知ってる。…だから、おまえの内側で寝る」

ミラベルは、マーロウの胸に、ぐりぐりと額を押しつけた。

納屋の奥では、ウィラが、エマの横で、毛布にくるまっていた。その前に、オスカが、開いた両手を膝に置いて、座っていた。眠らずに。


夜更け、月が、東の空の高いところに出た。

屋根の上に、グレゴールが、腹ばいになっていた。槍は、持っていなかった。

乾いた底の上を、影が、滑ってきた。

六つ。地面すれすれに。月を背にして、壁へ向かって。

壁の手前で、六つの影が、一度に、跳ね上がった。

翼の音が、夜を叩いた。

先頭の一騎が、まっすぐ、納屋の屋根へ降りてきた。鞍の上の男が、身を乗り出して、網を広げた。

グレゴールが、屋根を蹴った。

翼のない背中で、宙へ跳んだ。降りてくるグリフォンの首に、両腕で、しがみついた。鞍の男の襟を、片手で、つかんだ。

グリフォンが、甲高く鳴いて、体をひねった。

グレゴールは、離さなかった。

男ごと、鞍から、引きずり下ろした。二人は、もつれあって、納屋の前の干し草の山に、落ちた。

乗り手を失ったグリフォンが、暴れながら、地面に降りた。

その首を、ミラベルが、戸口から飛び出して、両腕で抱えこんだ。

「どうどう。…大丈夫、大丈夫。あんたは、悪くないよ」

グリフォンは、しばらく暴れて、それから、ミラベルの腕の中で、動かなくなった。

空の上で、残りの五騎が、円を描いていた。

一度だけ、一騎が、降りかけた。

そのとき、グレゴールが、干し草の山の上に立ち上がって、右腕を、大きく横に払った。

五騎が、一斉に、向きを変えた。東へ。月のほうへ。近衛の、引き返せ、の合図だった。

翼の音が、遠ざかっていった。


納屋の奥で、オスカが、ウィラとエマの前に、両手を広げて立っていた。

『…ここに、立ってた』

「見てた」

ウィラが、毛布の中から、オスカの背中に、しがみついていた。


干し草の山の上で、引きずり下ろされた男が、グレゴールを見上げていた。

まだ若かった。二十そこそこ。近衛の革の胴着を着ていた。

『…ヴァーン、隊長』

「今は、壁の兵だ」

グレゴールは、男の手首を、縄で縛った。乱暴ではなかった。

『翼を、なくされたと、聞きました』

「将軍に、取っていただいた。…生きるために」

男は、グレゴールの背中の、厚い布を見た。それから、目を伏せた。

『…そう、ですか』

ドラグが、兵を連れて、走ってきた。マーロウも、その横にいた。

グレゴールが、男の前に、しゃがんだ。

「ロルフ。誰に言われた。…言え。おまえを、責める者は、ここにはいない」

男は、ロルフというらしかった。唇を、噛んでいた。

『議会の、四人に』

「四人は、どこだ」

『知りません。命令は、いつも、手紙で来ます。…ただ』

ロルフは、マーロウを見た。怖がっているのではなかった。値踏みするような目でもなかった。ただ、確かめるように。

『四人は、値をつけました。あなたの血を、一滴、持ってきた者に。牛、百頭』

『その話は、もう、あちこちに、流れています。…東の荒れ地にも。帝国の、港にも』

ドラグが、息を吐いた。

機械が止まってから、十九日目の夜だった。

第十一章 了