第二十六章
リーネの石

光の柱で、東門の前に降りると、ウィラが、走ってきた。
掘削地で三十七日待っても走ってこなかった娘が、今度は、走ってきた。
マーロウの胸に、まっすぐ、ぶつかった。
『おかえり、父さん』
「…ただいま」
『取り返した?』
「三つとも」
ウィラは、マーロウの胸に、額をつけたまま、動かなかった。それから、顔を上げて、ミラベルに飛びついた。
「ミラベルも、おかえり」
『ただいま! 嬢ちゃん、走ってきた!』
「走るよ。…待ってたんじゃないもん。守ってたんだもん」
ウィラのうしろから、茶色い牛が、のそのそと歩いてきた。額に、白いぶち。
「エマ、見て。大きくなったでしょ」
ベルが、エマの横に立っていた。
『ウィラの肩より、指二本、高くなりました。…それから、海は、毎朝、増えました。一日も、減りませんでした』
「大きくなったな、エマ」
ドラグが、ロズリンの横に立っていた。ロズリンの外套の前が、ほんの少しだけ、丸くなっていた。ガスが、手を振っていた。ミアが、帳面を抱えていた。
『オスカ、おかえりー!』
ミラが、木の腕を振りながら、オスカに走っていった。オスカは、開いた両手で、ミラの両手を、そっと挟んだ。
翌朝、マーロウは、禁止区の、いちばん南の岩のところへ、歩いていった。
ミラベルと、ウィラと、ベルが、一緒だった。
岩のそばに、小さな石が、一つ置いてあった。リーネ・ケインの石だった。
ベルが、いつもの場所に、座った。
『ここは、ずっと、私の場所でした。…リーネさんの、隣です』
「…そうか」
マーロウは、ベルンハルトの灯りを、石の前に置いた。硝子の笠の中で、粒が、白く光った。
十年は、消えない灯りだった。
ミラベルが、石の前に、しゃがんだ。
『リーネさん。ミラベル・グリム・ケインです。坊やの血、三つとも、取り返しました。坊やが、自分の手で、燃やしました。…あたしは、全部、見てました』
ミラベルは、石に、そっと手を置いた。
『これからも、毎朝、数えます。坊やの心臓』
ウィラが、ミラベルの横に、しゃがんだ。
「リーネ、おばあちゃん」
少し照れたように、言った。
「父さんの娘の、ウィラ・ケインです。…ケインの、座り方、してるよ。見て」
ウィラは、岩に、背中をつけて座った。膝を抱えずに。
ミラベルが、その隣に、同じ座り方で座った。
マーロウは、しばらく、二人を見ていた。
それから、二人の隣に、同じように座った。背中を、岩につけて。膝は、抱えなかった。
三人、並んで。
『三人、同じ』
ミラベルが、うれしそうに、小さく言った。
「…戻ってきたお袋とは、十四日しか、一緒にいなかった」
マーロウは、海のほうを見ていた。
「何が好きだったのか、ろくに訊かなかった。訊いたら、終わりが来る気がした」
ミラベルが、マーロウの手を、握った。
『今、言えばいいよ。リーネさん、聞いてる』
マーロウは、少しのあいだ、黙っていた。
「…お袋。嫁と、娘だ」
それだけだった。
ウィラが、マーロウの肩に、頭をもたれさせた。ミラベルが、反対側の肩に。
ベルが、石の隣で、三人を見ていた。
『…胸の内側が、あたたかいです。軽い、では、ありません。あたたかい、です』
昼、壁の根に降りると、ヨカは、水路の幅いっぱいに、育っていた。
白い体が、ゆっくり、ふくらんだりしぼんだりするたびに、水路の水が、排水口から、乾いた底へ、あふれていった。
棚の粒は、手前から三分の一が、空になっていた。
オスカが、水路の縁に、しゃがんだ。
「ヨカ。…ただいま」
白い体が、ふうっと、大きくふくらんだ。腹の奥の青い光が、何度も、明るくなった。
夜、壁の上に、みんなが座っていた。
乾いた底の、池と、水の筋は、もう、一つの広い浅い水になって、海とつながっていた。月が、その上に、長く映っていた。
ミラベルが、マーロウの肩に、頭をのせた。
『坊や。…今日、いちばん、幸せかも』
「毎日、それ言ってるだろ」
『毎日、いちばんが、更新されるの』
マーロウは、ミラベルの頭に、頬をつけた。
「…更新しとけ。明日も」
機械が止まってから、四十日目の夜だった。
第二十六章 了