海壁

第五章

ヨアの子

挿絵:ヨアの子

あさってから三日、拾い屋の四人は、乾いた底の三隻を、端から空にした。

錆びた釘。割れていない皿。帆の布。三隻目の船底の、小さな木箱の中から、木彫りの牛が一つ出てきた。子どもの手に乗るくらいの、色の剥げた牛だった。

マーロウは、それを、黙ってウィラに渡した。

『…何、これ』

「三百年前の、誰かの牛だ」

ウィラは、長いこと、牛を手のひらに乗せていた。

『一頭目。…エマより、先の』

その日から、木の牛は、ウィラの帳面の上に、立っていた。

オスカは、毎日、壁の上に座って、東の空を見ていた。ベルが、毎日、その横に座った。


止まってから十二日目の昼、南の空に、船が一隻、浮かんだ。

提督の船だった。

光の柱で、東門の前に降りてきたのは、提督と、大きな手の男と、小柄な少年だった。

『姉ちゃん!』

「ニコ! 筒、ちゃんと飲んでる?」

『飲んでる! トンが、行ってこいって。ここの海のこと、聞いてこいって』

ニコは、ウィラに飛びついた。ミアが、その上から、二人ごと抱えこんだ。

「でかくなったな、ニコ」

提督が、マーロウの前に立った。

『畑まで、十二の家の者を送った。帰りに、都でこの子を拾った。…船が、暇だったのでな』

「助かる」

大きな手の男は、ヨナス・ブラックウッドだった。両腕で、水を張った壺を、大事そうに抱えていた。

『この子、畑の水路の、いつも同じ縁に、寄っていくんです。オスカさんが寝ていた、小屋のほうの縁に』

壺の中で、手のひらほどの白いものが、ゆらゆらと揺れていた。腹の奥で、青い光が、小さく脈打っていた。

オスカが、壁の上から、飛び降りてきた。

壺の前で、しゃがんだ。開いたままの両手を、そっと壺の縁に添えた。

白い根が一本、伸びてきて、オスカの手のひらに、触れた。

「…覚えてた」

『だから、連れてきました』

「ありがとう。…ブラックウッドの、手の人」


まず、桶で試した。

井戸の水を、桶に半分。オスカが、ヨアの子を、両手で挟んで、そっと沈めた。マーロウが、壁の根の棚から持ってきた粒を、一つ、落とした。

白い根が、粒をすくった。

粒が、消えた。水が、ふくらむように増えて、桶の縁から、あふれた。

『一粒で、桶一杯』

ヨナスが言った。

『マーロウさんの血の、ちょうど逆です』

それから、みんなで、壁の根の広間へ降りた。

水路の水は、溜まったまま、静かだった。両側の棚の粒が、奥まで光っていた。

オスカが、水路の縁にしゃがんで、ヨアの子を挟んだ手を、水につけないように、縁から、そっと放した。

白いものは、しばらく、水の上で、ゆらゆらしていた。それから、細い根を、何本も、棚のほうへ伸ばした。

粒を、一つ。また、一つ。

すくうたびに、水路の水が、少しずつ、高くなった。

マーロウが、戸を開けろ、と言った。グレゴールが、排水口のあった穴の板を、外した。

水が、動いた。

溜まっていた水路の水が、穴から、乾いた底へ、細く流れ出した。ひび割れた土の上を、遠い海のほうへ、一本の筋になって、這っていった。

ドラグが、壁の兵に、声を張った。

「乾いた底に、下りるな! 今度は、濡れとる。海の水だ」

兵たちが、壁の上に、並んで立った。子どもたちが、その足のあいだから、水の筋を見下ろしていた。


夕方には、ヨアの子は、ひと回り、大きくなっていた。

手のひらほどだった体が、桶ほどに、ふくらんでいた。

『食べると、大きくなるみたいです』

ヨナスが、水路の縁で、首をかしげた。

『ヨアも、最初は、この子くらいだったのかもしれません』

オスカが、ヨアの子の横に座って、動かなかった。

「名前、つけないの」

『…この子の名前は、オスカさんが、つけてください』

オスカは、開いた両手を、膝の上に置いた。

「考えとく」

それから、少しだけ、笑った。

「坊やの、真似」


夜、壁の上に、ウィラと、ミアと、ニコが並んで座っていた。

ニコは、壁の石に、耳を当てていた。

『ここの海、びっくりしてる』

「びっくり?」

『ずっと、減ってばっかりだったのに、今日、壁のほうから、水が来たから。…どうしていいか、分からないって』

ミアが、帳面を開いた。

「書いとく。海が、びっくりした」

『ミア姉ちゃん、書くの、はやい』

ウィラが、笑った。それから、二人の肩を、両腕で引き寄せた。

「三人で、ここに座るの、久しぶり」

『姉ちゃん、苦しい』

「我慢して。一番上の、特権だから」


翌朝、ベルが、杭の列から、走って戻ってきた。

今度も、誰の前も素通りして、ミラベルの前で止まった。

『減っていません』

「うん」

『水の筋が、海まで、届きました。壁の根から、海まで、一本に、つながっています』

ミラベルより先に、ウィラが、叫んでいた。

「つながった!」

市場じゅうに、響く声だった。

機械が止まってから、十三日目の朝だった。

第五章 了