第十五章
甲板の上

甲板の上で、銃を持った男たちが、一斉に、ミラベルへ向けた。六人。荒れ地のオークと、人間だった。
「撃て」
白い髭の男、ヴィクトル・ハースが、言った。
ミラベルは、動いた。
次の瞬間、六本の銃が、六本とも、銃口を上に向けて曲がっていた。男たちは、何が起きたのか分からない顔で、自分の手を見ていた。
ミラベルは、ヴィクトルの前に、立っていた。
『一〇六番の、女か』
ヴィクトルは、下がらなかった。
『わしらは、あの男の血が、一滴、欲しいだけだ。共和国の灯りも、船も、粒で動く。帝国には、十年ぶんの蔵がある。共和国には、三年ぶんもない。…誰かが、鍵を、押さえねばならん』
「一滴も、やらない」
ミラベルは、言った。
「あれは、あたしと、オスカの、朝ごはん。…あんたのじゃない」
『ならば、力ずくで』
「やってみれば」
ミラベルは、笑わなかった。
四人のうちの、いちばん若い男が、ヴィクトルの袖を、つかんだ。
『ハース議員。…もう、やめましょう』
ニルスだった。声が、震えていた。
『下を、見てください。荒れ地の人たちは、粒がもらえると思って、ここまで歩いてきた。子どもまで連れて。…私たちは、牛百頭なんて、持っていない』
「黙れ」
ヴィクトルが、腕を振り払った。
ニルスの体が、よろめいた。甲板の縁の、手すりの切れ目へ。
足が、宙を踏んだ。
ニルスは、船から、落ちた。
ミラベルが、手すりへ跳んだ。間に合わなかった。
下から、翼の音がした。
グリフォンが、急降下していた。鞍の上で、グレゴールが、身を乗り出していた。
落ちていくニルスの襟を、グレゴールの手が、つかんだ。
グリフォンが、重さで大きく沈み、それから、翼を叩いて、持ち直した。
グレゴールは、ニルスを、鞍の前に引きずり上げた。
『…つかむことは、できます』
そのあいだに、白い服の男が、いなくなっていた。
ミラベルが振り向くと、船の反対側の光の柱の中を、白い服が、ゆっくり降りていくところだった。革の鞄を、一つ、胸に抱えて。
地面に降りると、男は、繋いであった馬に乗った。一度だけ、船を見上げた。それから、東へ、走り去った。
グレゴールのグリフォンは、ニルスを乗せたまま、それを追えなかった。
ミラベルは、ヴィクトルの襟首を、片手でつかんだ。
「船、降ろして。ゆっくり。下に、人がいるから」
操舵の台にいた港の船乗りが、ヴィクトルの顔と、曲がった銃と、ミラベルの金属の目を、順番に見た。
それから、黙って、舵を回した。
船は、乾いた底の上に、ゆっくり、降りた。
船のまわりで、荒れ地の人たちが、樽の横に、立ちつくしていた。
マーロウは、壁から降りて、乾いた土の上を、歩いていった。濡れたところは、踏まなかった。
九十人の目が、マーロウを見た。一滴で牛百頭の、男を。
「粒は、作らない」
マーロウは、言った。
「一滴も、だ。誰に頼まれても。…そう、頼まれてる」
誰かが、膝から、崩れた。子どもが、母親の服を、つかんだ。
マーロウは、壁の外の、池と、海へ延びる太い水の筋を、指さした。
「だが、水なら、戻せる」
荒れ地の人たちが、顔を上げた。
「あの水は、半月前まで、なかった。粒を、水に戻す生き物がいる。その子を、おまえたちの村にも、連れていける。…粒がなくても、井戸に水があれば、人は、生きられる」
グレゴールのグリフォンから降りたニルスが、ふらつきながら、前に出た。
『この船を、使ってください。その生き物を、荒れ地の村へ運ぶのに。…私に、言えることは、それしか、ありません』
壁の門が開いて、ウィラが、ニムの杏の籠を抱えて、走ってきた。子どもたちの前に、しゃがんだ。
「食べて。杏。…この街の、いちばん、おいしいやつ」
小さな手が、一つずつ、杏を取った。
ロルフが、グレゴールの横に来て、東を見ていた。
『あの白い服の人の名前は、誰も知りません。議員たちは、手入れ係、と呼んでいました』
「手入れ係」
『機械の、手入れを、三十年していた、と。…鞄の中は、機械の作り方だと、言っていました』
グレゴールは、東の地平を、見ていた。砂煙が、もう、小さくなっていた。
機械が止まってから、二十四日目の昼だった。
第十五章 了