第三十一章
白い道

朝、帝国の灰色の船が、東門の前から、浮き上がった。
乗ったのは、マーロウ、ミラベル、オスカ、ミラ、ウィラ、ルーカス。
ウィラは、帝国の船長に、ベアタの紙を見せていた。
「この子の言うことを聞け、って。ベアタさんが、書いてくれた」
船長は、紙を二度読んで、ため息をついた。
『…孤独の大地まで、三日です』
甲板から、壁が見えた。壁の上に、グロムとグレゴールが並んで立っていた。グレゴールが、右手を胸に当てた。帝国の兵の礼だった。
乾いた底の杭の列の端で、ベルが、手を振っていた。ミラベルのやり方で、大きく。その横で、ミアが、帳面を振っていた。
ベルは、残ると言った。杭の数字を、毎朝刻む仕事がある、と。
『杭の数字が、減らなくなったら、一番に、報せます。…ミラベルに、です』
ゆうべ、ベルは、そう言った。
船は、東へ飛んだ。
一日目、ルーカスは、甲板の隅で、クララへの手紙を書いていた。字が大きくて、紙が足りなかった。ウィラが、自分の帳面の頁を、三枚、破って渡した。
二日目、オスカが、ウィラの隣に座っていた。
『ウィラ』
「なに」
『畑で、弾のとき。背中に、しがみついた』
「…うん」
『あったかかった。…もう一回、していい?』
ウィラは、少し驚いた顔をした。それから、オスカの背中に、後ろから腕を回した。
オスカは、開いたままの両手を、ウィラの腕の上に、そっと重ねた。つかめない手で。
ミラベルが、甲板の反対側で、それを見ていた。唇を、とがらせていた。
『…嬢ちゃん、あたしには、しないのに』
「すればいいだろ」
『坊やが、する?』
「…着いたらな」
三日目の昼、白い道が見えた。
乾いた土地に、まっすぐ引かれた、白い一本の道。その先に、崩れていない建物の群れ。白い明かり。真ん中に、塔。
一年前、マーロウが、三十日かけて地の底から登ってきて、初めて見た景色だった。
塔の手前の、白い道の入り口に、船が一隻、降りていた。
提督の船だった。
光の柱で降りると、道の上に、人が並んでいた。
ドラグ。ロズリン。その後ろに、九人。アディ。マティアス。オーウェン。イルマ。ペトラ。ヘルミーナ。ベルタ。ヨナス。ゲルダ。
それに、若い女が一人。先の丸くすり減った鉄の棒を、腰に下げていた。
エミル・ハーグレイヴだった。その横に、腕の太い、白髪まじりの女。ヘルガだった。
『来たよ。自分で』
エミルは、マーロウの前で、そう言った。丁寧でない言い方で。
『十二人がそろう日には、行くって、言ったから』
ヘルガが、エミルの後ろで、腕を組んでいた。
『見張りに来たんだよ。この子が、また、どこかへ運ばれないように』
ドラグが、マーロウの前に来た。
『遅れんかったな』
「そっちが、早かっただけだ」
ロズリンが、帳面を開いた。
『帝国暦三四九年、夏。孤独の大地、白い道の入り口。十二の家の者、十二、そろう。…今度は、全員、ここにいます』
白い道を、歩いた。
両側の建物の窓に、人の顔があった。白い服。同じ顔が、いくつも。誰も、笑っていなかった。誰も、出てこなかった。
前に来たときと、同じだった。
塔の前の、門が、開いていた。
門の前に、手は、一本もいなかった。
門をくぐると、壁が、喋った。
『お待ちしていました』
平らな声だった。一年前、ここで初めて聞いたのと、同じ声だった。
『十二の家の者、十二。確認しました。…塔の下へ、どうぞ』
アディが、先に立った。一年前、マーロウを、この建物の中へ案内したときと、同じように。
『こちらで、ございます』
それから、少しだけ、振り返った。
『…こっちだよ。前は、言えなかったけど』
塔の下の部屋は、丸かった。
床も壁も、錆びない金属。真ん中に、椅子が十二、輪になって並んでいた。背もたれに、模様が一つずつ。肘掛けに、手のひらの形の窪み。
ケインの席の足もとから、輪の中心へ、細い光の線が一本、伸びていた。前にここへ来たとき、マーロウが、指の血を当てたままだった。
十二人が、それぞれの模様の前に、立った。
ミラベルが、部屋の入り口で、マーロウの背中を見ていた。オスカと、ミラと、ウィラと、ドラグとロズリンと、ヘルガが、その横に並んでいた。
マーロウは、ケインの椅子の前で、振り返った。
ミラベルと、目が合った。
ミラベルは、にっと笑って、両手で、大きな丸を作った。
二年のうちの、百二十八日目だった。
第三十一章 了