第二十二章
五隻目

夜が明けると、南の空に、船が四隻、横に並んでいた。
共和国の船だった。腹が、いっせいに開いた。光の柱が四本、畑の南の端に落ちた。柱の中を、兵が降りてくる。銃を肩にかけた、共和国の兵。一本の柱から、十人以上。
甲板から、グリフォンの騎兵が、次々と飛び立った。二十騎。空が、翼で埋まった。
提督が、自分の船の甲板から、声を張った。
『議長が、ここにおられる! 議会は、皇帝を捕らえよとは、決めていない!』
先頭の船から、返事が来た。拡声の筒を通した、男の声だった。
「九人のうち、四人が決めた! 帝国の皇帝を引き渡せ! 渡さぬなら、帝国の船を、落とす!」
議長が、杖を握りしめた。
『…四人は、議会ではない』
細い声は、空までは、届かなかった。
帝国の灰色の船は、畑の北の端に降りていた。ベアタとヴァルターとウィラが、もう乗りこんでいた。
先頭の船の腹から、筒が三本、突き出した。
火が、噴いた。
弾が、灰色の船の手前の地面を、えぐった。土と光る草が、空に舞った。
『脅しだ』
ドラグが、唸った。
『次は、当てる気だ』
ミラベルは、もう、走っていた。
光る草の上から、光の柱の中へ跳びこんだ。柱を、下から上へ駆け上がった。柱の中を降りてくる兵の頭の上を、踏み台にして。
先頭の船の腹に、飛びこんだ。
中で、兵の叫び声と、金属を断つ音が、何度も続いた。
やがて、先頭の船の筒が三本、根元から、ばらばらと地面に落ちてきた。
グリフォンの騎兵が、低く降りてきた。
狙いは、灰色の船だった。騎兵の一人が、網を広げていた。甲板のベアタを、網ごとさらう気だった。
ラーナが、畑から飛び上がった。翼を広げて、騎兵の群れの中へ突っこんだ。
グリフォンが、驚いて、翼を乱した。二騎、三騎と、進む向きを変えた。
けれど、一騎だけが、ラーナの横をすり抜けた。網が、甲板の上に、広がった。
その網を、白い影が、下から叩いた。
オスカだった。灰色の船の甲板に、跳び上がっていた。開いたままの手のひらで、網を、横から払った。つかめない手で。
網は、ベアタの頭の上を外れて、甲板の外へ落ちていった。
オスカは、ベアタの前に立った。両手を、左右に広げて。
「ここに、立つ」
ベアタは、見上げた。
ミラベルと同じ顔の刃が、自分の前に立っていた。
『…ありがとうよ』
北の空から、もう一隻、降りてきた。
帝国の、灰色の船だった。
舳先に、女が一人、立っていた。包帯を巻いた右手の指先に、何かをのせていた。
セラフィナ・ロウだった。
セラフィナは、指先の粒を、舌で濡らした。光の糸が、空へ伸びた。灰色の船を狙って降りてきた騎兵の網の綱が、音もなく、断ち切れた。
灰色の船の甲板に、光の柱が一本落ちて、セラフィナが降りてきた。
「陛下」
『ベアタだよ。…帝都は』
「グレイ将軍に、預けてまいりました。共和国の土地に、陛下を、近衛一人でお置きするわけには、まいりませんので」
セラフィナは、焼けた指を、包帯の中で握った。
「…代わりをやれと、仰いました。代わりの仕事は、陛下をお迎えに行くことだと、判断いたしました」
ベアタは、しばらく、セラフィナを見ていた。
『…勝手なことを』
それから、口の端を、上げた。
『いい判断だ』
ウィラが、セラフィナの袖を引いた。
「エステルは?」
『帝都に。…わたくしが発つ前の晩に、一人で、灯りを消して寝る、と言っておりました』
ウィラの目が、丸くなった。
けれど、空は、まだ静かにならなかった。
残りの三隻が、向きを変えていた。腹の筒が、何本も、灰色の船のほうへ向けられていく。
ミラベルは、先頭の船の中だった。三隻は、畑の上に、ばらばらに浮いている。一度に、全部には、届かない。
畑の南の端で、ペトラが、膝を指で叩いていた。
さっきから、ずっと。
三隻の筒の、火を噴く間を。
『…あと、三つ数えたら、三隻とも、撃ちます』
ペトラの声は、小さかった。
二年のうちの、百十六日目の朝だった。
第二十二章 了