第十八章
鐘鳴き

南東の荒れ地から、鐘の音が近づいてきた。
畑の光が、揺れはじめた。消えては点き、点いては消えた。二万人の寝息が、いっせいに浅くなった。
暗がりの中に、影が並んでいた。
荷車の倍の高さ。荷車三台ぶんの長さ。透き通った板を何百枚も重ねた殻の奥で、白い光が脈打っている。頭の位置に、大きな穴が一つ。
一つ、二つと数えて、ロズリンが、途中でやめた。
「…二十を、超えています」
『畑が、明るくなりすぎたんだ』
ヨルンとユランが、同時に言った。
一の輪が、この夏で、いくつも増えていた。目を開けた者の草は、前より強く光る。その光が、遠くまで匂ったのだった。
マーロウは、一の墓の前に立っていた。
春に、一は、この鐘のやつを七頭、荒れ地へ引き離して、死んだ。
「兄貴。…今度は、一人じゃない」
ミラベルが、名前のない剣を抜いた。
『これ、粒、要らないの。吸われるものが、なんにもない』
前にも、この畑で、同じことを言った。マーロウは、覚えていた。
『行ってくる』
ミラベルは、光る草の上を、南東へ走った。
先頭の殻の穴が、ミラベルのほうを向いた。鐘が鳴った。ミラベルの左の指先から、黒い液が、糸のように引かれた。
引かれながら、ミラベルは跳んだ。剣が、穴の縁から尻まで、まっすぐ抜けた。殻が二つに割れて、中から粒が、ざらざらとこぼれた。
二頭目。三頭目。
ミラベルは、朝の一滴だけで、殻を次々に割っていった。去年は一頭で死にかけたこともある獣を。
けれど、数が多すぎた。
何頭かが、ミラベルを避けて、畑の真ん中へ回りこんだ。いちばん強く光る輪のほうへ。寝ている人の列のほうへ。
施療所の兵だった男たちが、腕を組んで、列の前に立った。噛む兵だった男たちも、その横に並んだ。帝国で売られた者と、帝国の兵だった者が、同じ列に。
殻の穴が、列の上で開きかけた。
その前に、白い影が、ふわりと降りた。
オスカだった。
小屋から出てきたのだった。誰にも、言われずに。開いたままの両手を、左右に広げて、列の前に立っていた。
穴が、オスカのほうを向いた。鐘が鳴った。
オスカの両手の指先から、黒い液が、太い糸になって引かれた。両腕とも、金属だった。ミラベルより、ずっと多く。
オスカの膝が、揺れた。
「オスカ! 下がって!」
ミラベルが、遠くから叫んだ。
オスカは、下がらなかった。
開いたままの右の手のひらを、殻の板に、叩きつけた。つかめない手で。
板が、十何枚も、まとめて割れた。
左の手のひら。また、割れた。
殻の奥の白い光が、むき出しになった。オスカは、そこに、両手のひらを揃えて、突き入れた。
鐘の音が、途中で切れた。
殻が、崩れた。
オスカは、崩れた殻の前で、ふらついた。黒い液が、まだ、指先から垂れていた。
振り向いて、後ろの列を見た。
兵だった男たちと、その後ろで眠っている人たち。誰も、吸われていなかった。
「…ここに、立った」
オスカが、小さく言った。自分に言うように。
そのとき、地面が、揺れた。
荒れ地の奥から、鐘の音がした。
今までの音とは、違った。低く、大きく、腹の底に響く音。水の中で、塔ほどの鐘を鳴らしたような。
暗がりから、殻が、せり上がってきた。
ほかの鐘鳴きの、十倍はあった。殻の板の一枚一枚が、小屋の屋根ほどもある。頭の位置の穴は、ちょっとした池ほどの大きさだった。
その穴が、ゆっくり、開いた。
鐘が、鳴った。
畑じゅうの光が、一度に、穴のほうへ引かれた。二万人の寝息が、止まりかけた。
ミラベルが、走りながら、膝をついた。左の指先から、黒い液が、太い帯になって引かれていた。
オスカが、崩れるように、座りこんだ。
マーロウの足もとで、ミラが、木の腕で地面をつかんだまま、動けなくなっていた。
三人の刃が、同時に、吸われていた。
二年のうちの、百十四日目の夜だった。
第十八章 了