第二十九章
海壁の街へ

朝、一の墓の前で、段取りが決まった。
ラーナが、提督への手紙を持って、都へ飛ぶ。提督の船で、畑の九人と、東の谷のエミルを、孤独の大地へ運んでもらう。ドラグとロズリンが、その船に付き添う。
海壁の街のルーカスは、マーロウたちが迎えに行く。
『あたしの足で、五日』
ミラベルが、言った。
『坊やは、背中。オスカとミラは、走る』
「海壁の街から孤独の大地へは、どうする」
『ウィラが、帝国の船で、帰ってくるでしょ。あれに乗せてもらう』
マーロウは、ドラグを見た。
「塔の下で、会おう」
『遅れるなよ』
ドラグは、そう言ってから、少しだけ笑った。
『…遅れるのは、昔から、おれのほうだった。兄貴が、そう言うとった』
ロズリンが、帳面を閉じて、マーロウの前に来た。
『書いておきます。塔の下で、会う、と。…書いたことは、守られます。隊長が、横にいるので』
ミラベルは、マーロウを背負って、走った。
光る草の畑が、後ろへ流れていった。オスカが、その横を、並んで走った。開いたままの両手を、体の横で、風に泳がせて。ミラが、その少し後ろを、木の腕を振って走った。
一日目の夜、瓦礫の陰で、火を焚いた。
オスカが、空を見上げていた。
『星、多い』
「数えるか」
マーロウが言うと、オスカは、首を横に振った。
『数えない。…ペトラが、数えるから』
ミラベルが、笑った。
三日目の昼、オスカが、走りながら、ミラベルに言った。
『ミラベル。背中、重い?』
「坊やは、重くない。…幸せ太りしたけど」
背中から、マーロウが、してない、と言った。
ミラが、後ろで、小さく、笑う声を立てた。
五日目の夕方、海壁が見えた。
高さ二十二メートルの灰色の壁。そのてっぺんから突き出た、開いたままの金属の手。壁の前の、乾いた底の、杭の列。
杭の列の、いちばん端に、誰かが立っていた。
ベルだった。
ベルは、走ってくる三人を見て、それから、ミラベルの横を走る、ミラベルと同じ顔を見た。
ベルは、動かなかった。金属の目で、じっと見ていた。
ミラベルが、マーロウを降ろした。
「ベル! ただいま!」
ベルは、ミラベルを見て、それから、オスカを見た。
『…一番の顔です』
ベルは、言った。
『私の顔も、一番の顔です。…あなたも、ですか』
オスカは、開いたままの両手を、胸の前で合わせた。
「三番。…オスカ」
ベルは、少しだけ、首をかしげた。
『二番。ベルです』
それから、ベルは、ミラベルを見た。
『妹が、増えましたか』
「増えた!」
『…胸の内側が、軽くなりました』
ベルは、オスカのほうへ、一歩、近づいた。
『杭の数字を、見ますか。毎朝、刻んでいます。今朝も、指の関節、一つ分でした』
オスカは、うなずいた。
二人は、並んで、杭の列のほうへ歩いていった。同じ顔の、少し違う歩き方で。
東門の前に、人が集まってきていた。
ガスが、真っ先に走ってきた。オットとサムが、その後ろ。ミアが、帳面を抱えて。ガルドが、門の横で、左手を上げた。ニムが、店の前から、杏の籠を抱えて出てきた。ヴェスタが、腕を組んで、マーロウの手の傷を見ていた。
『増えとるな』
「前にも聞いた」
『わしが数える。…ついでに、あとで縫う』
壁の上から、グロムが、槍を振っていた。その横に、背中に厚い布を当てた男が立っていた。グレゴールだった。壁の下で、子どもが二人、グレゴールを見上げていた。グレゴールは、困った顔をしていた。
それから、門の脇から、若い男が一人、出てきた。
ルーカス・ストラウドだった。
ルーカスは、マーロウの前まで来て、言った。
『十二のうち、十二、と、壁が言いました。五日前の朝に。…迎えに来ると、思っていました』
「行けるか」
『行きます。…クララに、手紙を書いてから』
ガスが、マーロウの肩を、ばしんと叩いた。
『で、嬢ちゃんは?』
「帝都に寄ってからなら、たぶん、明日あたりだ。帝国の船で帰ってくる」
ガスは、空を見上げて、にかっと笑った。
『じゃあ、明日の夜は、乾杯だな。三回』
二年のうちの、百二十四日目だった。
第二十九章 了