海壁

第三十二章

十二のうち、二

挿絵:十二のうち、二

夕方、小屋の中で、ロズリンが、ドラグの肩に包帯を巻いていた。

剣で裂かれた傷だった。深くはなかった。それでも、ロズリンは、三回、巻き直した。

「きつい」

『きつくしています』

「書く手でも、包帯は巻けるんだったな」

『巻けます。上手ではありませんが』

ロズリンは、四回目を巻いて、結んだ。それから、結び目の上に、手を置いたまま、動かなかった。

ドラグは、しばらく、その手を見ていた。

それから、自分の大きな手を、その上に重ねた。

「…ロズリン」

『はい』

「書くやつの横に、座っとる、と言うたな。前に」

『言いました』

「ずっと、座っとって、ええか」

ロズリンの手が、ドラグの手の下で、止まった。

眼鏡の奥の目が、ドラグを見上げた。

『…ずっと、とは』

「ずっとだ。兄貴みたいに、遅れたりはせん。おまえが書くのをやめる日まで、横で、座っとる」

ロズリンは、長いこと、黙っていた。

それから、帳面を開いた。何も言わずに、新しい頁に、書いた。

帝国暦三四九年、夏の初め。隊長、書記の横に、ずっと座ると言う。

書記は、はい、と言った。

ロズリンは、その頁を、ドラグに見せた。

ドラグは、字を読むのが遅い。それでも、最後の行まで、読んだ。

「…汚い字だな」

『あなたに言われたくありません』

ドラグが、笑った。牙を見せて、声を出して。

小屋の戸口で、ミラベルが、両手で口を押さえていた。その横で、マーロウが、ミラベルの襟をつかんで、引っぱっていた。


畑の南の小屋の前で、アディが、母親と並んで、座っていた。

マーロウが近づくと、アディは、立ち上がろうとした。ハンナが、その袖を引いて、座らせた。

「アディ」

『…わたしは、何をしたのでしょうか』

アディは、言った。

『あの人の胸の光に、止まりなさい、と言いました。言おうと、思ったのではありません。母さんの腕を、つかまれたので。…口が、そう言いました』

ロズリンが、硝子の板を持って、来ていた。

マーロウは、板を受け取った。

「本部。ノールの声は、何だ」

白い字が、すぐに浮かんだ。

十二人は、それぞれ、型を持っていました。

ケインは、水を結んで、燃やす。

グリムは、手で、物をつかむ。

ノールは、声で、機械に命じる。

アディ・ノールは、まだ、戻りきっていません。それでも、自分で決めた声は、届きました。

十二の席は、自分で決めた声を、待っています。

アディは、板の字を、ハンナと一緒に、読んでいた。

『…ノール』

ハンナが、息子の顔を、両手で挟んだ。窯の火傷のある手で。

「…あんたは、ノールの子だね」

ハンナは、言った。

「あたしの子だね」

アディは、母親の手の中で、少しだけ、首をまっすぐに戻した。

それから、丁寧でない言い方で、言った。

『…母さん』


その夜、火のまわりに、人が集まった。

ティルダが、帳面に、数を書いていた。

火のまわりの者、四十一名。笑った者、四十名。

ロズリンが、横から、一行足した。

笑わなかった者、一名。ただし、ずっと、座っていた。

ドラグが、ロズリンの横で、黙って火を見ていた。

ネルとオーウェンが、並んで、木の指を削っていた。オーウェンの指の運びを、ネルが、ときどき、横から直していた。オーウェンは、何も言わずに、直されていた。

ミラが、一の墓のほうを、見ていた。

ミラベルが、マーロウの膝に、頭をのせていた。

『坊や』

「なんだ」

『十二のうち、二』

「ああ」

『ケインと、ノール。…あと、十』

ミラベルは、指を折った。一本、二本。それから、残りの八本と、もう二本ぶん、空中で折った。

『十二、そろったら、どうなるの』

「止まる。本部が」

『止まったら』

「海が、残る」

ミラベルは、少し黙った。

『…止まったら、坊や、どこにも連れていかれない?』

「連れていかれない」

『じゃあ、そろえる。十二』

ミラベルは、マーロウの手を取って、自分の頬に当てた。

『十二そろうまで、毎朝、一滴ね』

「そろってからも、やる」

ミラベルは、目を閉じた。口の端が、上がっていた。

第三十二章 了