第二十七章
減らす

その夜更け、壁の声が、自分から、口をきいた。
マーロウは、納屋の前に座っていた。ミラベルは、中で眠っていた。ミラは、梁の上で、目を閉じていた。
『一〇六番』
壁の声は、街の西の端から、耳のすぐそばまで届いた。
「…訊いてないぞ」
『報せます。計算を、やり直しました』
平らな声だった。
『海壁の街では、腕でも、根でも、海を取る速さが、春の初めより速くなりません。一番がいて、一〇六番がいて、グリムの手を持つ者がいるかぎり、変わりません』
「そうだな」
『ですから、別の数を、減らします』
マーロウは、立ち上がった。
「何の数だ」
『十二の家の者です』
納屋の戸が、開いた。
ミラベルが、戸口に立っていた。眠っていた顔では、なかった。
壁の声は、続けた。
『十二の家の者が孤独の大地を出て、私が止められる見込みが、上がりました。見込みを、下げます。二百八十九名を、孤独の大地へ、戻します』
「どうやって」
『帝国に、注文しました。代金は、この街の海の、残り半分です』
「…名代か」
『名代は、断りました』
マーロウは、息を止めた。
『名代は、娘に灯りをもらったので、と言いました。私には、その理由が、計算できません』
壁の声は、少しも変わらなかった。
『ですから、皇帝に、直接、注文しました。皇帝は、受けました』
ミラベルが、マーロウの横に来た。金属の指が、マーロウの袖を、握っていた。
「兵は」
『三日前に、帝都を出ました。重さの兵と、噛む兵です。十日後に、畑に着きます』
「戻らないと言ったら」
壁は、少しだけ、間を置いた。
『戻らない者は、減らします。そう、注文しました』
夜明け前、ニムの店の一階に、みんなが集まった。
「南へ行く」
マーロウは、言った。
「ミラベルの足なら、畑まで、五日だ。兵より、先に着く」
誰も、止めなかった。
ガルドが、左手で、卓を叩いた。
『行け。街は、グロムが預かる。おれは、門を預かる』
グロムが、黄色い目で、頷いた。
「頼む」
ベルが、マーロウの前に立った。
『私は、残ります』
「いいのか」
『壁が、また何かをします。私は、壁の音を、いちばん知っています。…それに』
ベルは、少しだけ、首を傾げた。
『ここは、うちです』
ミラベルが、ベルを、抱きしめた。今度は、そっと。
「待ってて。…すぐ帰る」
『待っています。杭の数字を、毎朝、刻んでおきます』
ウィラは、戸口に立っていた。帳面を、胸に抱えていた。
行く、とは、言わなかった。
ミラベルの背中には、一人しか乗れない。ミラは、走る。ウィラは、走れない。
それを、ウィラは、言われる前に、分かっていた。
「ウィラ」
『父さんと、ミアと、待ってる』
ウィラは、言った。
『いちばん前で、待ってる』
マーロウは、ウィラの頭に、手を置いた。
十四度目だった。
「ドラグとロズリンに、何か伝えることは」
『…グロムさんの手紙、あたしが直したって、言っといて。字、ひどかったから』
戸口の横で、グロムが、咳払いをした。
東門の前で、ルーカス・ストラウドが、待っていた。
呼ばれていなかった。自分で、来ていた。
「ルーカス」
『…畑へ、行かれるのですか』
「行く」
ルーカスは、少しだけ、黙った。
『クララを、頼みます』
それから、頭を下げた。
御者台の上で下げていた頭とは、違う下げ方だった。マーロウには、そう見えた。
「頼まれた」
東の空が、白くなりかけていた。
ミラベルが、マーロウの前で、背中を向けて、しゃがんだ。
『乗って』
マーロウは、ミラベルの首に、腕を回した。
ミラが、その横で、溝のついた木の指を、開いて閉じた。
東門の上に、人が並んでいた。ハロルド。ウィラ。ミア。ガス。サム。オット。ニム。ヴェスタ。ガルド。グロム。サイラス。ベル。
ガスが、三回、何か叫んだ。三回目は、聞こえなかった。
ミラベルが、地面を蹴った。
二年のうちの、三十一日目の朝だった。
第二十七章 了