海壁

第二十七章

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ミラベルは、マーロウの手首の輪を、金属の指でつまんだ。

錆びない金属の輪だった。刃でも、糸でも、切れない輪。

ミラベルは、それを、指でひねった。

輪が、飴のように曲がって、外れた。

もう片方も。

「…剣はいらないのか」

『これくらいなら』

壁の奥で、低い音がした。

廊下の向こうから、錆びない金属が床を掻く音が、近づいてきた。一つではなかった。十。二十。

『一〇六番を、部屋から出さないでください』

壁が、言った。誰に言ったのかは、分からなかった。

戸口に、手が現れた。八メートルの手は廊下に入らないので、人の背丈ほどの手だった。それが、廊下を、天井を、壁を、びっしりと埋めて、這ってきた。

ミラベルは、名前のない剣を、背中から抜いた。

「ミラ。坊やと、オーウェンさん、見てて」

『見てる』

ミラベルが、廊下に出た。


音が、あとから来た。

廊下の端から端まで、白い光が一本、走った。

走ったのは、ミラベルだった。

戻ってきたとき、廊下を埋めていた手は、一本残らず、指を失って、床に転がっていた。壁に、天井に、剣の跡が、まっすぐ一本ずつ残っていた。

マーロウは、戸口から、それを見ていた。

「…何本あった」

『数えてない。数えなくていいの』

ミラベルは、剣を肩に担いで、にっと笑った。

窓の外で、地面が揺れた。


中庭に、腕が、立ち上がっていた。

錆びない金属の、巨大な腕。肩から指の先まで、塔の半分ほどの高さ。骨と筋が剥き出しで、腱が手首で一度交差して、肘へ引かれていた。

ネルが見れば、うちのやり方だ、と言っただろう。

海壁へ運ばれるはずだった、腕の部品。それを、組み上げたものだった。

『海壁の中に通す腕です』

壁が、言った。

『西の海を粒に変えるための腕を、一本、ここで立てました。一番。あなたを、止めるために』

腕の指先が、五本とも、白く光った。

中庭の石畳が、線の形に、溶けた。

ミラベルは、窓枠に足をかけた。

『坊や。今日の全部、これに使っていい?』

「使え」

『帰ってきたら、一滴ね』

「何滴でも、やる」

ミラベルは、窓から、跳んだ。


マーロウには、その先が、ほとんど見えなかった。

見えたのは、光る指先の、五本の線。その線と線のあいだを、何かが、縫うように上っていくこと。

腕の手首に、白い筋が、一本入った。

肘に、一本。

肩に、一本。

腕が、傾いた。

倒れる前に、ミラベルは、腕のいちばん高いところにいた。剣を、両手で、真下へ振り下ろした。

塔の半分の高さの腕が、指の先から肩の付け根まで、縦に、二つに割れた。

割れた腕が、左右に倒れた。

地面が、二度、大きく揺れた。塔の窓が、何十枚も、鳴った。

土煙の中から、ミラベルが、歩いて出てきた。

中庭のまわりの廊下に、灰色の服の人たちが、並んで立っていた。何百人も。誰も、声を上げなかった。変わった人たちは、驚かない。

それでも、全員の目が、ミラベルを追っていた。

壁が、長いこと、黙っていた。

それから、言った。

『…計算の、外です』


ミラベルは、白い部屋に戻ってきたところで、膝をついた。

唇が、白く乾いていた。

マーロウは、今度は、手を使った。鉤がなかったので、自分の指の腹を、歯で噛み切った。

赤い点を、ミラベルの唇に当てた。

ことり。

ミラベルは、マーロウの膝に、頭を乗せた。

『…ねえ』

「なんだ」

『さっきの、キスのほうが、おいしかった』

「わがまま言うな」

『言う。今まで言わなかったぶん、言う』

マーロウは、ミラベルの頭に、手を置いた。

寝床の上で、オーウェンが、浅い息をしていた。

部屋の戸口に、灰色の服の女が一人、立っていた。エミル・ハーグレイヴだった。

誰にも呼ばれていないのに、そこにいた。

第二十七章 了