第二十五章
白い道

一日目は、走れた。
ミラと並んで、白い砂の上を、東へ。足が地面に着く前に、次の足が出た。ミラは、一歩も遅れなかった。
二日目の朝、足音がした。
昼、錆びない金属の道に出た。白い道。継ぎ目のない、砂一粒乗っていない道が、まっすぐ東へ伸びていた。
ミラベルは、その上を走った。息が、切れた。
『姉ちゃん』
「平気」
『平気じゃない。顔』
「…ちょっと、お腹すいてるだけ」
ミラが、金属の目で、ミラベルの顔を見ていた。瞬きを、しなかった。
夕方、道の向こうから、黒い馬車が来た。
馬が四頭。御者台に、灰色の軍服が二人。
馬車は、二人の前で、止まった。
戸が開いて、白い手袋の女が、降りてきた。銀色の髪を、顎の線でまっすぐに切りそろえた女。
『…来ましたか。一番』
セラフィナ・ロウは、ミラベルの乾いた唇を見て、それから、白い道の東を見た。
『本部は、明日の昼にあなたが止まる、と数えています』
「止まんない」
『一〇六番のもとへ着けば、あなたは全部を出せる。本部との約束が、崩れます。帝国の取り分も』
セラフィナは、白い手袋の指先を、唇に当てた。
『ですから、ここで、止まっていただきます』
指先が、光った。
光の糸が、十本、走った。
ミラベルの両足に巻きついた。締まった。鉄を切る糸だった。
ミラベルは、倒れなかった。
左の金属の手で、糸を、つかんだ。
糸は、金属の指の上で、滑った。切れなかった。錆びない金属は、糸では切れなかった。
『…さすがに、その腕は、切れませんか』
セラフィナは、もう一度、指を舐めた。糸が、二十本になった。三十本。ミラベルの腰に。肩に。首に。
ミラベルの膝が、白い道に、ついた。
朝の一滴があれば、こんな糸、一振りだった。今は、腕が重かった。
ミラが、走った。
ミラは、糸を見ていなかった。セラフィナの手袋を、見ていた。
濡れた指先。光の出てくるところ。
ミラは、セラフィナの手首に、木の手を伸ばした。
糸が一本、ミラの木の指を払った。指が二本、切れて飛んだ。
残った三本の木の指が、セラフィナの手袋の、手首の縁をつかんだ。
ミラは、肩を回した。
手袋が、セラフィナの右手から、すっぽ抜けた。
右手の糸が、全部、消えた。
ミラベルが、立ち上がった。
足もとで、残った糸が、音を立てて切れた。
一歩。白い道の上を、よろけながら。
二歩目で、ミラベルは、セラフィナの前にいた。
セラフィナが、左手の指を、唇に当てようとした。
その手首を、ミラベルの金属の手が、つかんだ。
つかんだまま、手袋を、指先から、引き裂いた。縫いこんであった古い粒が、ばらばらと、白い道に散った。
ミラベルは、それを、足で踏んだ。
セラフィナは、動かなかった。素手になった両手を、胸の前で、握っていた。
ミラベルは、剣を、抜かなかった。
「娘さん、いるんでしょ。灯りがないと、眠れない子」
セラフィナの目が、わずかに、見開かれた。
「坊やから、聞いてない。…でも、あんたの顔、そういう顔してる。誰かのために、嫌なことやってる顔」
ミラベルは、セラフィナの手首を、放した。
「帰んなよ。灯り、点けてあげて」
セラフィナは、長いこと、ミラベルを見ていた。
それから、馬車に戻った。戸口で、一度だけ、振り返った。
『…一〇六番は、東の棟の、白い部屋です。オーウェン・グリムの隣』
戸が、閉まった。
黒い馬車は、西へ走り去った。
夜になった。
白い道の、ずっと先の地平線に、白い灯りが、いくつも並んで見えた。塔の灯りだった。
ミラベルの足が、止まった。
止めたのではなかった。動かなかった。
ミラベルは、白い道の上に、座りこんだ。
「…あは。あと、ちょっとなのに」
ミラが、ミラベルの前に、背中を向けてしゃがんだ。
指が三本になった木の手を、後ろへ回した。
『乗って』
「ミラ…」
『姉ちゃんが止まったら、ミラが、運ぶ。…言った』
ミラベルは、ミラの背中に、額をつけた。
それから、しがみついた。
ミラは、立ち上がった。刃の体は、重さに負けなかった。
白い道を、東へ。塔の灯りのほうへ。
ミラベルは、ミラの肩に顔を埋めて、声に出さずに、数えた。
今日も、いた。坊やは、あそこに、いる。
三年のうちの、二十四日目の夜だった。
第二十五章 了