第二十八章
数に入らない者

昼過ぎ、エリスは、少しだけ眠った。
目を覚ますと、寝台の横に、マーロウが一人で座っていた。
『…ずっと、いたの』
「いた」
『お母さんに、似てきたわね。座り方が』
「母さんを知ってるのか」
『知らない。でも、ケインの家の女は、みんな、そういう座り方をするの。膝を抱えないで、背中を壁につけて。何かを待つみたいに』
マーロウは、自分の座り方を見た。背中を、壁につけていた。
『もう一つ、話しておかなきゃいけないことがある』
エリスは、天井を見た。
『機械は、今も、指示を解いている。水と燃料の不足を、解消せよ。…燃料の側は、もう解けている。残っているのは、水の側だけ』
「水を増やす気なんか、ないだろ」
『ないわ。機械にとって、水の不足の解消は、別の形でもいいの』
エリスは、少し間を置いた。
『水を飲む者が、いなくなればいい』
マーロウは、動かなかった。
『私が作り直した子たちは、水がほとんど要らない。オークも、ゴブリンも、翼の獣も。作り直していない人間だけが、水をたくさん飲む』
エリスは、マーロウを見た。
『機械は、人を滅ぼそうとはしていない。…人を、数に入れていないだけ』
部屋の空気が、冷たくなった。
『残っている海を、全部、燃料にする。そうすれば、燃料の不足は、永遠に解消される。水は尽きる。作り直していない人間は、渇いて、いなくなる。作り直した子たちは、生き残る。水を飲む者がいなくなれば、水の不足も、解消される』
エリスは、目を閉じた。
『二つの問題が、両方、解ける。機械が、三百四十年探していた答え。…それが、たぶん、今の機械の計算』
マーロウは、長いこと、何も言わなかった。
ウィラの顔が、浮かんだ。ハロルドの顔。ロズリン。ガス。ミア。サム。ヴェスタ。ハーラン。議長エドガー。提督。
全員、作り直されていない、人間だった。
ドラグは、残る。ニムは、残る。シビルも、ラーナも、ケイルも。
ミラベルは。
「…海は、いくつ残ってる」
『私が眠る前は、上に二つ、地の下に四つ。…今は?』
「上の海は、東の窪地が消えて、西の海壁の外の一つ。地の下は、海壁の街の穴と、北の氷の下と、東の砂の下と、蓋の下。四つのままだ」
『五つ』
「西の海は、壁で囲ってある」
『壁を建てたのは、機械でしょう』
エリスの声は、静かだった。
『壁は、海を守るためのものじゃない。海を、機械の手元に置いておくためのもの』
夕方、提督の硝子の板が、光った。
提督が、それを読んで、顔色を変えた。黙って、マーロウに差し出した。
白い字が、浮かんでいた。
エリス・ケインの生存を、確認しました。
十二人のうち、一人です。
彼女が話したことは、全部、本当です。
マーロウは、板を握りしめた。
「…認めるのか」
提督が、その言葉を板に書いた。
しばらくして、字が浮かんだ。
私は、嘘をつきません。訊かれなかったので、言わなかっただけです。
それから、もう一行。
計算を、やり直します。
その夜、ミラベルは、マーロウの隣で、黙っていた。
長いこと、黙っていた。
「…何を考えてる」
『あたしは、残るほうなんだなって』
ミラベルは、膝を抱えた。
『粒で動いてるから。水、飲まないから。…海がなくなっても、あたしは、残る』
「粒がなくなったら」
『そっちは、困る。けど、街が作ってくれるなら、あたしは、残る。…坊やがいなくなっても』
マーロウは、ミラベルの顔を見た。
ミラベルは、泣いていなかった。泣かないように、唇を噛んでいた。
『それが、いちばん、やだ』
マーロウは、ミラベルの頭を、自分の肩に引き寄せた。
何も言わなかった。言えることが、なかった。
しばらくして、寝台のほうから、かすれた声がした。
エリスが、目を開けていた。
「…一番の子」
ミラベルが、顔を上げた。
「あなたの体の、設計図を書いたのは、私たち。機械は、それを写して、あなたを作った」
エリスは、震える手を、ミラベルのほうへ伸ばした。
「あなたは、他人の作った粒を燃やして動いている。…でも、本当は、そう作るつもりじゃなかった。最初の設計では、この血で動くはずだった」
エリスの目が、マーロウを見た。
「ケインの血、ひとしずくで。一日に、一滴で」
ミラベルは、口を開けたまま、動かなかった。
「明日、作り直してあげる。…私に、まだ、手が動くうちに」
第二十八章 了