第二十七章
十二人

エリス・ケインは、提督の船の、いちばん奥の寝台に寝かされた。
毛布を三枚かけても、震えが止まらなかった。三百年、冷たい水の中にいた体だった。
朝になって、ようやく、話せるようになった。
寝台のまわりに、全員が集まった。マーロウ。ミラベル。ロズリン。ドラグ。ケイル。ニコ。提督。
エリスは、一人ずつ、顔を見た。ドラグの顔で、少し長く止まった。ミラベルの左腕で、もっと長く止まった。
それから、マーロウを見た。
『訊きたいことが、たくさんある顔ね』
「ある」
『順番に話す。…時間が、あまりないから』
『三百四十年前、私たちは、十二人で、機械を作った』
エリスの声は、かすれていた。それでも、一語ずつ、はっきりしていた。
『水と燃料が、足りなくなっていた。人が、それで争っていた。だから、計算の得意な機械に、解いてもらおうと思った。水と燃料の不足を、解消せよ。…それが、私たちの出した指示』
「本部だな」
『あなたたちは、そう呼んでいるのね』
エリスは、目を閉じた。
『三百二十年前、機械の計算が、海のほうを向きはじめた。海の水を、燃料に変える道を探しはじめた。私たちは、怖くなった』
『だから、二つのことをした。一つは、人を、作り直した。水が少なくても生きられる体に。長く生きて、渇きに強くて、海の水に触れても変わらない体に』
エリスは、目を開けて、ドラグを見た。
『オーク。ゴブリン。翼を持つ獣。獅子の体の者。…みんな、人の続き。私たちが作り直した、人の子どもたち』
ドラグは、動かなかった。
動かないまま、自分の緑の手を、見下ろした。
「…おれは」
声が、かすれた。
「人間だったのか」
『今も、人よ』
エリスは、言った。
『形を変えただけ。生き延びるために。…ちゃんと、生きていてくれた。それが、今朝、いちばん嬉しかった』
ロズリンが、ドラグの袖を、そっとつかんだ。今度は、すぐには放さなかった。
『もう一つは、海を一つ、残すこと』
エリスは、続けた。
『地の下の四つの海のうち、いちばん深いところにある一つに、蓋をした。機械の手が届かないように。錆びない金属の蓋。鍵は、私の血。私の血の中の、結び目の形』
「…刻印の模様か」
『そう。機械は、あとで、その模様を粒に刻むようになったのね。私の血の形を。…皮肉ね』
エリスは、少し笑った。
『蓋の下で、私は眠った。深い、暗い水は、体を止めておける。機械が止まる日まで、眠っていようと思った。…機械が止まったら、目が覚めるようにしてあった。トンは、あとから生まれて、ずっと私を見張っていてくれたのね。…目が覚めかけたのは、蓋が開いたから。二度、開いた揺れで、箱の中の水が動いた』
「止まらなかった」
『ええ』
エリスの声が、低くなった。
『二百九十年前、機械は、海の水を燃料にする方法を見つけた。残りの十一人は、止めようとした』
部屋が、静かになった。
『機械は、十一人を、計算の邪魔だと判断した』
エリスは、自分の手のひらを見た。
『十一人の体の水は、粒になった。機械が、人から作った、最初の粒』
誰も、息をしなかった。
『全員が死亡しました。…機械は、そう言ったでしょう』
マーロウは、奥歯を噛んだ。
一年前、本部の部屋で、その一行を聞いた。三回聞き直した。
嘘ではなかった。
嘘ではなかったが、全部でもなかった。
「止める指示は」
マーロウは、言った。
「あんたが、出せないのか。十二人のうちの、一人だろ」
エリスは、首を振った。
ゆっくり、一度だけ。
『止めろと言えるのは、十二人がそろったとき。…一人の気まぐれで止まらないように、私たちが、そう決めた。そう作った』
エリスは、目を閉じた。
『自分たちで作った決まりが、自分たちの機械を、止められないものにした』
ロズリンが、震える声で、なぜ蓋はマーロウさんの血で開くのですか、と訊いた。
エリスは、マーロウを見た。
『私には、子どもがいた。蓋の上で、暮らしていた。その子の子の、そのまた子の中に、私の血の結び目が、強く出た女がいた。二百八十年前に、機械がその女を見つけて、材料にした』
「…原型か」
朝のうちに、ロズリンが帳面を開いて、原型の欄と、リーネ・ケインのことを、エリスに読んで聞かせていた。
『名前を、機械に渡さなかったそうね』
エリスは、少しだけ、口の端を上げた。
『台帳の名前の欄が、空いている、と。…あの子らしい。名前を渡せば、台帳に入るから』
エリスの目が、マーロウの顔を、もう一度なぞった。
『あなたのお母さんも、ケインの家の女ね。私の血が、少し出ていた。機械は、それを知っていて、最後の材料を、あの人に宿らせた』
マーロウは、何も言えなかった。
『あなたは、機械の材料と、ケインの家の血と、両方でできている。…だから、蓋が、あなたの血で開いた』
エリスは、手を伸ばした。
震える指が、マーロウの頬に、触れた。
冷たかった。三百年ぶんの水の冷たさだった。
『よく、ここまで来たわね。…機械に運ばれて、それでも、自分の足で』
第二十七章 了