第十一章
ウィラ

三日たった。
兵たちは、北の端から、一人ずつ秤に載せていった。ティルダが、番号と重さを帳面に書いた。
四日目の朝、ロズリンが、ティルダの帳面の変化に気づいた。
番号と重さの欄の横に、細い欄が一つ、増えていた。
見出しに、小さな字で、目、とあった。
その欄に、丸と、線が並んでいた。灯りを追った者に丸。追わなかった者に線。
「…監督官」
『はい』
「その欄は、指示書にありましたか」
『ございません』
ティルダは、帳面から顔を上げなかった。
『書くな、とも、ございませんでした』
ロズリンは、しばらくティルダの横顔を見ていた。
それから、自分の帳面を開いて、一行書いた。
監督官ティルダ・ノーム、目の欄を足す。
その日の昼、ウィラは、父親の横で、豆を食べていた。
朝から、ずっとそこにいた。一は、ウィラの横にしゃがんで、灯りを動かしていた。昼の光の中でも、目は灯りを追った。三日前より、ずっとはっきり。
『嬢ちゃん。手を、握ってみろ』
一が言った。
『さっきから、指が動いとる』
ウィラは、豆の椀を置いた。
父親の手を、両手で包んだ。
指が、動いた。
ウィラの指の間で、一本、二本。かすかに、握り返すように。
ウィラの息が、止まった。
「…父さん」
瞼が、開いた。
濁った目が、空を見た。
いつもなら、ここで、いらっしゃいませ、が来る。
来なかった。
目が、空から下りてきて、ウィラの顔で止まった。
止まったまま、動かなかった。長いこと。
唇が、動いた。
声は、かすれて、途切れた。
それでも、一つだけ、はっきり聞こえた。
『…ウィラ』
ウィラは、声を上げなかった。
上げられなかった。
父親の手を握ったまま、額を、その手の甲に押しつけた。肩が、震えていた。
一が、そっと立ち上がって、離れた。
マーロウは、少し離れたところから、それを見ていた。
ミラベルが、隣に立っていた。
ウィラの肩が震えるのを、二人とも、黙って見ていた。
「…よかった」
マーロウは、言った。
本当に、そう思った。
思ったのに、胸の奥の、どこか小さなところが、すうっと冷えた。
ウィラには、父親がいた。
ずっと、いたのだ。四年近く。この畑で。
ミラベルが、マーロウの横顔を見上げた。
何も言わなかった。
言わずに、マーロウの手を取って、指を絡めた。
マーロウは、その手を、振りほどかなかった。
夕方、ウィラが、走ってきた。
顔じゅう、涙と土でぐしゃぐしゃだった。
マーロウの前で止まって、息を切らしたまま、言った。
『呼んだ。父さん、あたしの名前、呼んだ』
「見てた」
『一回だけ。そのあと、また寝ちゃった。でも、呼んだの』
「ああ」
ウィラは、マーロウの顔を見た。
じっと、見た。
それから、眉を寄せた。
『…マーロウ、変な顔してる』
「してない」
『してる。なんか、置いてかれる顔』
マーロウは、答えなかった。
ウィラは、マーロウの胸に、拳を一つ、ぶつけた。
『痛くないでしょ』
「痛くない」
『知ってるから殴ってんの』
去年、光る草の原っぱで、同じことを言った。
ウィラは、拳を胸につけたまま、下を向いた。
『父さんが起きても、マーロウは、マーロウだよ。あたしの、…』
言いかけて、止まった。
顔が、耳まで赤くなった。
『…とにかく、変な顔しないで』
ウィラは、くるりと背中を向けて、父親の列へ走って戻っていった。
ミラベルが、横で、両手で口を押さえていた。
押さえた手の隙間から、声が漏れていた。
マーロウは、息を吐いた。
「…騒がしいやつだ」
『あの子、今、何て言いかけたと思う?』
「知らん」
『知ってるくせに』
マーロウは、空を見た。
畑の光が、また少し明るくなっていた。
第十一章 了