海壁

第六章

兄貴

挿絵:兄貴

五晩たった。

マーロウは、夜のうちの四時間を、東の列で寝た。ミラベルが管をつないで、ミラベルが外した。ほかの誰にも、触らせなかった。

朝になると、胸に小さな赤い跡が二つ残った。昼には消えた。夜には、また二つできた。

東の列の草は、五晩で、ほかの列の倍の明るさになった。

ロズリンが、毎朝、ハロルド・ドーセットの瞼の前で灯りを動かした。

五日目の朝、瞼の下で、目が、ほんのわずかに動いた。

『…動きました』

ロズリンは、帳面に書いた。書く手が、少し震えていた。

『一さんの輪より、早いです。一さんの輪は、目が動きだすまで、一年近くかかりました』

「なんでだ」

『分かりません。草が、もう明るかったからかもしれません。一さんが、先に土を作っていたからかもしれません』

ウィラは、父親の横で、何も言わずに灯りを見ていた。

ずっと、見ていた。


昼、マーロウは、一と二人で、畑の端の小屋の前に座っていた。

ミラが、二人の前の地面に座って、二人を交互に見ていた。

一は、マーロウの顔を、しばらく眺めていた。

『痩せたな』

「あんたに言われたくない」

『おれは、もともと痩せとる。おまえは、五日で痩せた。頬に出とる』

マーロウは、自分の頬に触った。確かに、骨の形が前より分かった。

『血が草へ行く。飯を食っても、追いつかん。おれは一年でこうなった』

一は、自分の細い腕を見た。

『…おまえを見とると、変な気がする』

「何がだ」

『同じ顔が、年を取る前の顔で、横に座っとる。坑の底の十三人は、みんな、おれより若い顔で死んどった。若いまま、止まっとった』

一は、遠くの畑を見た。

『生きとる同じ顔と並んで座るのは、初めてだ』

マーロウは、少し考えてから、言った。

「あんたは、〇〇一だ。おれは、一〇六だ」

『そうだな』

「作った順番なら、あんたが一番上だ」

一は、マーロウを見た。

マーロウは、畑のほうを向いたまま、続けた。

「百五人ぶんの、兄貴だ」

一は、しばらく黙っていた。

それから、声を出して笑った。九年ぶんの顔の筋肉が、前よりずっとよく動いた。

『兄貴か。百五人の弟のうち、百四人は死んどるぞ』

「一人は、生きてる」

『生意気な一人がな』

ミラが、二人の顔を交互に見て、首を傾げた。

『兄貴って、なに』

「上にいて、先に苦労するやつだ」

『ミラも、ピオとリラの、兄貴』

「おまえは、姉貴だ」

『姉貴』

ミラは、口の中で転がして、満足そうに頷いた。


一が、ぽつりと言った。

『おれの母親の記憶はな。三十年前の冬に死んだ女だ』

マーロウは、一のほうを向いた。

『本物じゃないのは、分かっとる。作られたとき、頭に入れられたもんだ。…だが、あの女の手は、あったかかった。記憶の中でな。本物じゃないのに、あったかかった』

一は、自分の手のひらを見た。

『本物の母親がおったおまえが、少し、羨ましい』

「…母さんは、去年、もう一回いなくなった」

『知っとる。ロズリンの帳面で読んだ』

一は、マーロウの肩を、骨ばった手で、一度だけ叩いた。

『もう一回会えたんだろう。それは、百五人のうちで、おまえ一人だ』


夕方、ミラベルが、荷車の陰でマーロウの頬をつまんだ。

『ほんとだ。痩せてる』

「つまむな」

『おじさんの言うとおりだ。骨が分かる』

ミラベルは、つまんだ頬から手を放して、両手で、マーロウの顔を挟んだ。

しばらく、何も言わずに見ていた。

『…あたし、坊やが痩せてくの、見てるの、やだ』

「分かってる」

『分かってて、やってる』

「ああ」

ミラベルは、顔を挟んだまま、額をくっつけた。

『じゃあ、いい。あたしが、坊やのぶんまで食べさせる。豆、倍』

「おまえが食えよ」

『あたしは粒。坊やは豆。倍』

マーロウは、少し笑った。

「…あんたに食わされるなら、太るかもな」

『太らせる。絶対』

そのとき、畑の番のヨルンが、丘の上から走ってきた。

「荷車だ! 南から、荷車が来る!」

ユランが、その後ろから言った。

『十台以上だ。先頭に、共和国の旗。…変換器を積んでる』

マーロウは、立ち上がった。

変換器。

人を入れて、一人で一粒にする箱。

第六章 了