海壁

第七章

収穫の日

挿絵:収穫の日

荷車は、十二台あった。

先頭の一台に、共和国の旗。その後ろに、兵が三十人ほど。まん中の四台に、四角い鉄の箱が一つずつ積んであった。

変換器だった。

街に二台あったのと、同じ形をしていた。ただ、牛を入れる箱より、ひと回り小さかった。

先頭の荷車から、女が一人降りてきた。

灰色の外套。胸に、共和国の羽根の印。髪をきっちり後ろで結い、帳面を小脇に抱えていた。背筋がまっすぐで、歩き方に無駄がなかった。

女は、畑の端で待っていたマーロウたちの前で止まって、頭を下げた。

『畑の監督官、ティルダ・ノームと申します。本日は、収穫に参りました』

丁寧だった。

丁寧すぎた。

マーロウは、その声の平らさを知っていた。オットとサムが、変わっていた三か月のあいだ、こういう声で喋った。坑の底の一も、街にいたころは、こういう声だったと言った。

「…あんた、変わってるな」

『はい。帝国暦三三〇年に変わりました。以後、監督官を務めております』

ティルダは、何の引っかかりもなく答えた。

『変わった者は、言われたことを、言われたとおりにいたします。監督官に向いております』


ティルダは、帳面を開いた。

『本日の収穫は、四十名です。重さが基準を超えた者から、順に』

帳面の頁に、番号が並んでいた。

ロズリンが、横から覗いた。

覗いて、息を止めた。

上から十二番目の番号を、ロズリンは知っていた。自分で写した番号だった。今朝、灯りを動かした杭の番号だった。

ロズリンの唇が、声を出さずに、その名前の形に動いた。

ハロルド・ドーセット。

ウィラが、振り向いた。

ロズリンの顔を見て、帳面を見て、それからティルダを見た。

「父さんを、どうするの」

『変換器に入れます。一名につき、一粒になります』

ウィラが、ティルダの外套につかみかかった。

マーロウが、後ろから、ウィラの肩を押さえた。押さえきれなかった。ウィラの指が、外套の襟をつかんだまま、震えていた。

「やめて! 目、動いたの! 今朝、動いたの!」

ティルダは、ウィラの顔を見た。

怒りも、戸惑いも、なかった。

『指示書には、目のことは書いてございません』


「監督官」

ロズリンが、前に出た。

帳面を胸に抱えて、ティルダと向き合った。

「都では、議会が議決を変えました。蓋は開けない。東の野で麦を試す。提督は牢を出た」

『存じ上げません』

「畑のことは、何か来ていませんか」

『来ておりません。収穫の指示書は、三か月ごとに参ります。これは、二か月前に出たものです』

ティルダは、帳面の端の判子を指で示した。

『指示書に書いてあることを、いたします。書いていないことは、いたしません』

ドラグが、低く唸った。

兵たちが、槍の石突きを、いっせいに地面についた。

ミラベルが、マーロウの横で、剣の柄に手をかけた。

マーロウは、その手を、上から押さえた。

「待て」

『待てない。あの子のお父さんだよ』

「分かってる。待て」

マーロウは、ティルダの前に出た。

「一つ、訊く」

『どうぞ』

「その四十人の中に、目が動いてるやつは、何人いる」

ティルダは、少しも考えずに答えた。

『存じ上げません。重さしか、量っておりません』

「量ってみろ。目を」

『指示書に、ございません』

マーロウは、奥歯を噛んだ。

言い返す言葉が、見つからなかった。言い返しても、届かない相手だった。怒らせることも、泣かせることもできない。この女には、怒る場所も、泣く場所も、もう残っていない。


そのとき、丘の上で、鐘が鳴った。

水の中で鐘を鳴らしたような音。一つではなかった。

ヨルンが、叫んだ。

「鐘鳴きだ! 四頭…いや、五頭!」

ユランの声が、震えた。

『…でかいのがいる。見たことない、でかさだ』

「…群れの親か」とマーロウが言った。

全員が、丘のほうを向いた。

光る草の海の向こうから、影が五つ、近づいてきていた。四つは、去年と同じ大きさ。

五つ目は、その倍あった。

荷車の四倍の高さ。殻の奥の白い光が、ほかの四頭よりずっと強く、ゆっくり脈打っていた。穴が開くたびに、鐘の音が、腹の底に響いた。

ティルダが、帳面を閉じた。

『監督官の指示書には、鐘鳴きの項がございます』

平らな声のまま、言った。

『畑が明るすぎる場合、鐘鳴きが寄る。寄った場合は、明るすぎる区画から収穫して、暗くせよ。…ここの東の区画が、いちばん明るうございます』

ティルダは、東の列を指さした。

マーロウが四時間ずつ寝た列。ハロルド・ドーセットが寝ている列。

『東から、始めます』

第七章 了