海壁

第十四章

白い服の男

挿絵:白い服の男

帝国の船は、畑の北の端に降りた。

腹の光が消えると、戸が開いて、板が地面に渡された。

兵が降りてきた。灰色の軍服。帝国の兵だった。二十人。全員が、銃を持っていた。

その後ろから、担架が運び出されてきた。一つ、二つ、三つ。数えるのをやめるほど。

担架の上に、人が寝ていた。目を開けたまま、空を見ていた。

最後に、白い服の男が降りてきた。

痩せた、背の高い男だった。白い服に、染み一つない。手に、革の鞄を提げていた。

男は、畑の縁で待っていたティルダの前に立って、鞄から紙を出した。

「施療所より、届け物です。四十名。受け取りの判を」

ティルダは、紙を受け取って、一行ずつ指でなぞった。

『四十名。確かに』

「支払いは、いつもどおり、粒で」

『かしこまりました』


マーロウは、少し離れたところで、それを見ていた。

隣で、ウィラが、息を止めていた。

その後ろで、ハロルド・ドーセットが、一の肩を借りて、立っていた。

立てるようになったのは、今日の昼からだった。まだ、三歩も歩けば膝が震えた。それでも、帝国の船が来たと聞いて、自分から起きた。

ハロルドの目が、白い服の男を見ていた。

見ていて、震えはじめた。

『…あの、男だ』

かすれた声だった。

ウィラが、振り向いた。

「父さん?」

『施療所の。瓶を。…あの男が、飲めと』

ウィラの顔から、色が抜けた。


白い服の男が、こちらを見た。

正確には、ハロルドを見た。

立っている、ハロルドを。

男は、少しだけ首を傾げた。珍しい虫でも見つけたような顔だった。

「監督官。あの者は」

『東の列の者でございます。帝国暦三四五年、夏の届け物』

「立っていますね」

『はい。四日前から、口もききます』

男は、鞄を持ち直した。

「戻ったのですか。変わった者が」

ティルダは、帳面を開いた。

『目の欄に丸のある者が、百八十六名。輪の外では、増えておりません。口をきく者が、二名でございます』

男は、しばらく黙っていた。

それから、平らな笑みを浮かべた。

「では、その二名は、不良品です。施療所で引き取りましょう」


「ふざけるな」

マーロウが、前に出た。

白い服の男が、マーロウを見た。

上から下まで。顔を、腕を、それから、肘の内側を。

『…ほう』

男の目が、少しだけ細くなった。

『その顔は、存じ上げております。帝国の台帳に、同じ顔が百六ありますから』

「あんた、誰だ」

『医官ヒューゴ・ランベール。帝国東部の施療所を、十二、預かっております』

ヒューゴは、鞄を地面に置いた。

『誤解のないように申し上げておきます。私は、熱病で死ぬはずの者を、死なせずにいるのです。瓶の水で変われば、熱は下がる。畑で寝ていれば、飢えることもない。死ぬよりは、ずっといい』

「家族に、死んだと言ったろ」

『死んだも同然です。変わった者は、家族のことなど覚えていない』

ハロルドが、一の肩から手を放した。

よろけた。それでも、前へ一歩出た。

「…覚えて、いた」

全員が、ハロルドを見た。

「娘の、名前を。四年、寝ていて。…覚えて、いた」

ヒューゴは、ハロルドを見た。

それから、ウィラを見た。

『なるほど。では、なおさら、引き取らなければなりません』

ヒューゴは、兵たちのほうへ手を上げた。

『喋る不良品は、施療所の名を汚します。その二名と、一緒にいる娘も。三名、船へ』


兵たちが、銃を構えた。

二十の銃口が、ハロルドとウィラのほうへ向いた。

一発で、牛が一頭買える弾だった。それを二十、一度に向けてくる相手だった。

ミラベルが、剣を抜いた。

ドラグが、ウィラの前へ出ようとした。

その前に、誰かが、ウィラの前に立った。

二人だった。

一人は、マーロウだった。

もう一人は、膝の震える、痩せた、赤茶の髪の男だった。

ハロルドは、ウィラの前で、両腕を広げていた。立っているのがやっとの足で。

マーロウは、その横で、同じように立っていた。

二人とも、何も言わなかった。

ウィラが、二人の背中を見上げていた。

「…父さん」

その声が、どちらに向いていたのか、ウィラ自身にも分かっていないように聞こえた。

『撃ちなさい』

ヒューゴが、言った。

第十四章 了