第二章
待っていた男

袋は、畑の外の草の中に落ちていた。
口が少し開いて、粒が十いくつこぼれていた。ロズリンが、灯りを持って一つずつ拾った。拾いながら、数えていた。
『二百七十五。全部あります』
「数えなくていい」
『数えます。一さんの粒ですから』
割れた殻からこぼれた粒は、別の袋に入れた。鐘鳴きが吸った草の光の粒だ。数えきれなかった。ロズリンは、それを数えないことにした。
一は、ミラベルの手で管を外された。
胸に、管の跡が二つ、新しく赤く残った。
火のそばに座らせると、一は、しばらく黙って火を見ていた。
白い髪が、前より長かった。頬が、前より削げていた。
「痩せたな」とマーロウは言った。
『食っとる。食っとるが、血が、草のほうへ行く』
一は、自分の手のひらを見た。
『三晩、続けて来た。あの鐘のやつだ。畑が明るくなりすぎたらしい。遠くから、匂いで来る』
「一人で、どうしてた」
『どうもしとらん。寝とった。管をつないで』
一は、火に枝を一本くべた。
『おれが抜けたら、畑が暗くなる。暗くなったら、あいつらは来ん。だが、二万人の寝息が浅くなる。前に、一晩でそうなったのを見たろう』
マーロウは、見た。去年の夜だ。管を断った瞬間、畑じゅうの光が一秒暗くなって、二万人の寝息が浅くなった。
『だから、寝とった。来たら来たで、おれを吸えばいい。ほかの連中は吸わんだろう、と思った』
「吸われてたら、どうなってた」
『知らん。考えんようにしとった』
マーロウは、一の顔を見た。
自分と同じ顔だった。二十年ぶん、年を取った顔だった。
ウィラが、豆の椀を二つ持ってきた。
一つを一の手に押しつけて、隣に座った。肩が、くっつくくらい近くに。
「一さん。迎えに来たよ」
一は、椀を持ったまま、ウィラを見た。
『…嬢ちゃん』
「握手、ありがとうって言ってたでしょ。去年。マーロウから聞いた」
ウィラは、右手を出した。
「今度は、ちゃんと、ただいまの握手」
一は、椀を膝に置いた。
それから、ウィラの手を、両手で包んだ。
『名乗られたのは、十一年ぶりだと言ったな。前に会ったとき』
「言った」
『迎えに来られたのは、生まれて二度目だ』
一は、ウィラの手を包んだまま、長いこと離さなかった。
ウィラも、離さなかった。
ミラが、火の向こうから、ずっと一を見ていた。
腕のない体で、少しずつ近づいてきた。一の前で止まって、首を傾げた。
『マーロウと、同じ顔』
一は、ミラを見上げた。
ミラベルと同じ顔の、白い髪の女。肩から先がない。
「…おまえは、あの刃と同じ顔だな」
『ミラ。ミラ・グリム』
「一だ」
『一』
ミラは、口の中で転がした。
『短い』
「呼びやすいだろう」
ミラは、少し考えて、頷いた。
それから、一の横に、ぺたりと座った。マーロウを見るのと同じ目で、一を見はじめた。
一は、困った顔で、マーロウを見た。
『…ずっと、見とるぞ』
「見てるのが仕事なんだ。気にするな」
『気になる』
ミラベルが、火の反対側で、腹を抱えて笑った。
夜が更けた。
ドラグとロズリンが、畑の番の三人と、見張りの順を決めていた。ヨルンとユランは、三人と肩を叩き合っていた。ここは、二人が一年、番をしてきた畑だった。
マーロウは、荷車の陰に座っていた。
ミラベルが、隣に来て、毛布を二人の肩にかけた。
『十一日目』
「ああ」
『今日も、いた?』
「いた」
ミラベルは、マーロウの肩に頭を乗せた。
『おじさん、連れて帰れないね』
マーロウは、答えなかった。
『連れて帰ったら、二万人が浅くなる。置いてったら、おじさんが痩せる。鐘のやつも、また来る』
「…ああ」
『坊や、一人で決めようとしてるでしょ』
マーロウは、少し笑った。
「してない」
『してる顔』
ミラベルは、毛布の中で、マーロウの手を探して、握った。
『みんなで決めよ。明日。あたしも、考える。いっぱい、考える』
マーロウは、握られた手を、握り返した。
「…おまえが考えると、ろくなことにならん気がする」
『ひっど!』
ミラベルは、毛布の中で、マーロウの脇腹を小突いた。
それから、小さな声で言った。
『好き』
「知ってる」
『知ってる、じゃないの』
マーロウは、毛布の中で、その頭を自分の肩に押しつけた。
「…おれもだ。毎日、数えるくらいにはな」
畑の光が、静かに脈打っていた。二万人の寝息と、同じ速さで。
第二章 了