第二十九章
日の下の巨人

倒れた塔の下から、議長の輿が転がり出ていた。
輿は、横倒しになっていた。担いでいた兵は、逃げていた。
議長は、瓦礫の横に投げ出されて、動けずにいた。その上に、折れた鉄の骨が、もう一本傾いてきていた。
灰白色の影が、そこへ飛び込んだ。
オルヴァン・ケイドだった。ロズリンたちの後ろから、黙ってついてきていた。
錆びない金属の入った前脚で、落ちてくる骨を受けた。重い音がした。オルヴァンの膝が、一度だけ折れかけて、戻った。
『…なぜ、わしを』
「広間の番だ」
オルヴァンは、骨を横へ押しのけた。
「番をしろと言われたものは、番をする。議長も、その一つだ」
黒い巨人は、朝日の中で、動かなかった。
動かないまま、体の奥の青い光が、少しずつ、弱くなっていった。
ニコが、黒い水の足元に両手をついていた。
『…痛いって。日が、痛いって』
マーロウは、ニコの横まで走った。濡れた地面の手前で止まった。
「どういうことだ」
『トンの体の中にも、子どもがいるの。蓋の下から、連れてきちゃった。日に当たったら、一日ももたないって』
ニコの声が、崩れた。
『トン、それでも上がってきたんだよ。蓋が開いたら、下の子たちが全部死んじゃうから。上のやつに、やめてって言いに』
黒い巨人が、ゆっくり、都のほうへ顔を向けた。
腕を、持ち上げた。
叩く気だ、とマーロウは思った。百度叩けば壁が瓦礫になる、とケイルは議場で言った。
『だめ! トン、叩いちゃだめ!』
ニコが叫んだ。
黒い腕が、空で止まった。
そのとき、野が、暗くなった。
朝日が、遮られていた。
ドンだった。
半分の高さの光の巨人が、黒い巨人と太陽のあいだに、膝をついていた。体を、大きく広げて。
黒い巨人の上に、ドンの影が落ちていた。
トンの体の奥で、青い光が、少しだけ、強くなった。
ニコが、泣きながら笑った。
『ドン…!』
ドンの水の体を、朝日が通って、星が一つずつ白く光っていた。ドンは、一年、海壁の街の日の下で暮らしてきた。日に当たっても平気な側が、平気でない側の上に、屋根になっていた。
空から、音がした。
黒い船が二隻、北東から降りてきた。五日目に、提督から逃げた二隻だった。
腹に、槍が据えてあった。鎖はない。船の腹に、直に。先が、朝の光を鈍く返していた。
『吸う気だ』とケイルが言った。『あれで、下のものを捕まえる』
一隻目の槍が、回りはじめた。
下がってきて、ドンの肩越しに、黒い巨人の背中へ刺さった。
トンが、声のない声で叫んだ。地面が、揺れた。青い光が、槍へ吸い上げられていった。
ニコが、悲鳴を上げた。
『やめて! その光、子どもなの! 吸わないで!』
ノエラが、跳んだ。
船の腹まで届いて、槍に刃を叩きつけた。
高い音がして、刃が弾かれた。
「切れません!」
ノエラが、落ちながら叫んだ。
提督の言ったとおりだった。本部の金属だ。刃では、切れない。
荷車の上で、ラーナが身を起こした。
背中の灰白色の翼が、震えていた。
『ラーナ』
シビルが、横で呼んだ。
「締まった」
ラーナは、言った。
「今、締まったの。分かるの」
ラーナは、荷車の縁を蹴った。
翼が、開いた。左右で八メートル。一年前に取られたものと、同じ色の翼。
一度、打った。
四つの足が、地面から離れた。
二度、打った。
ラーナの体が、野の上を斜めに上がっていった。
シビルは、それを見上げていた。瞬きをしなかった。泣いてもいなかった。ただ、見上げていた。
ラーナは、槍の据えられた船の舳先へ突っ込んだ。舵を握っていた兵を、体ごと甲板から弾き飛ばした。
船が、傾いた。
槍が、トンの背中から抜けた。
灰色の翼、茶色の翼、先だけ黒い翼。十一の翼が、ラーナの後ろに続いて、船のまわりを飛び回った。近衛のグリフォンが、それを追った。
野の上で、近衛の一人が、呆然と空を見上げていた。
「…翼のない獣が、飛んでる」
二隻目の槍が、回りはじめていた。
舳先の兵を落とされた一隻目も、傾いたまま、槍を回し直していた。
ラーナの体当たりでは、船は止まっても、槍は止まらなかった。
マーロウは、空を見上げた。
朝日の差す東の空に、船が一隻、光っていた。
帆に、グリフォンの羽根の模様。
提督の船だった。
その舳先から、何かが、落ちてきた。
第二十九章 了