海壁

第八章

ピオとリラ

挿絵:ピオとリラ

二枚目の扉は、階段の下で、真ん中から裂けていた。

裂け目の縁が、内側から外へめくれていた。

三枚目は、もう扉の形をしていなかった。蝶番ごと、床に倒れていた。

その向こうに、広い部屋があった。

『試しの部屋』とミラが言った。『ここで、作られた。四人とも』

灯りは、一つもなかった。

ただ、闇の中に、光が浮いていた。

肩のあたりから、漏れていた。四つの肩の、つなぎ目から。

その光で、二人の形が見えた。

女が二人。ミラベルの顔。髪は、ほとんど抜け落ちていた。頬が削げて、首が細かった。着ている服は、ずっと前に擦り切れていた。両腕とも、肩から先が金属だった。

二人は、同時に首を傾けた。

同時に、マーロウの腰の袋を見た。

『粒』

二つの声が、重なった。


来た。

二人とも、まっすぐマーロウへ。

ミラベルが左に跳んで、一人を受けた。ノエラが右に出て、もう一人を受けた。

金属が鳴った。火花で、部屋が一瞬だけ白くなった。

速かった。

地上のミラより、速かった。ただ、まっすぐ走れていなかった。急に速くなって、急に膝が折れる。燃やせる体が、もう残り少ないのだ。

「ノエラ! 受けてるだけじゃだめ!」

ミラベルが叫んだ。

『分かっています! でも、痛くしたくありません!』

ノエラの刃は、相手の刃を受けるばかりで、一度も打ち返していなかった。

暗さが、いちばん厄介だった。見えるのは、肩の漏れの光だけだ。光が動けば、腕が動く。それしか分からない。

ミラベルが、肩を浅く斬られた。黒い液が散った。

「痛っ…くない! くないけど、腹立つ!」


マーロウは、袋の口を開けた。

一から預かった粒。畑で、毎日ひとつずつ取っておかれた粒。

「悪いな、一」

ひとつかみ、握った。二十ほどあった。

それを、部屋の奥の隅へ、力いっぱい投げた。

粒が、床に散って、かすかに光った。

左の一人が、首を振り向けた。

ミラベルを放り出して、隅へ走った。膝をついて、金属の指で粒をかき集めて、口へ運んだ。

その背中に、ミラベルがいた。

右肩のつなぎ目。左肩のつなぎ目。

二本の腕が、床に落ちた。刃が、腕の中へ引っこんだ。


右の一人が、ノエラの横をすり抜けた。

袋を持っているのは、マーロウだった。

刃が、まっすぐ来た。

マーロウは、避けられなかった。避ける速さを、この体は持っていなかった。

そのとき、横から、何かがぶつかってきた。

ミラだった。

腕のない体で、肩から、妹の脇腹に体当たりしていた。

妹の刃が、ミラの脇を裂いた。黒い液が、闇に散った。

二人は、もつれて床を転がった。

「ミラ!」

ミラベルの声が、部屋じゅうに響いた。

ノエラが、背中から妹を抱きとめた。両腕で、動かないように締めつけた。

『今です!』

ミラベルの刃が、二度、光った。

残りの二本の腕が、床に落ちた。


部屋が、静かになった。

漏れていた光が、二つとも、消えていた。

ミラベルは、ミラの横に膝をついた。脇の傷から、黒い液がにじみ続けていた。

「馬鹿! なんで飛び込むの!」

『…痛く、ない』

「痛くなくても、減るの! 馬鹿!」

ノエラが、首の布をほどいた。おかあさんが織った布です、と言った。それを、ミラの脇に巻きつけて、きつく縛った。

マーロウは、袋から粒を一つ出して、ミラの口に入れた。

それから、腕を落とされた二人の口にも、一つずつ。

二人は、粒を含んで、目を閉じた。しばらくして、目を開けた。

さっきまでの、何も見ていない目ではなかった。

「…ありがとな」とマーロウはミラに言った。「助かった」

ミラは、金属の目で、マーロウを見上げた。

『粒、くれたから』


「名前、あんたがつけな」

ミラベルが、ミラに言った。

「あんたの妹でしょ」

『…分からない』

ミラは、困った顔をした。ミラベルと同じ顔で。

『名前、ひとつしか、知らない』

ノエラが、そっと言った。

「おかあさんの話に、双子の星が出てきます。いつも並んで、空を渡っていく星です。ピオと、リラ」

ミラは、床に座っている二人の妹を見た。

『…ピオ』

左の一人を見た。

『リラ』

右の一人を見た。

それから、少し考えて、付け足した。

『ピオ・グリム。リラ・グリム』

ミラベルが、吹き出した。

「ちょっと。グリム、増えすぎ」

笑いながら、泣いていた。

床の上で、二人の妹が、自分の名前を口の中で転がしていた。

左の一人が、『ピオ』と言った。右の一人が、『リラ』と言った。

二人とも、二回ずつ言った。


帰りは、ミラベルがミラを背負った。ノエラがピオとリラを両脇に抱えた。

階段の上に、四角い光が見えた。

光の中から、声が降ってきた。ウィラの声だった。

『…七百十一。七百十二。七百十三』

ずっと、数えていたのだ。

ミラベルが、階段の途中で叫んだ。

「嬢ちゃん! 増えた! 三人増えたよ!」

数える声が、止まった。

それから、泣き声に変わった。

第八章 了