海壁

第九章

北へ出た船

挿絵:北へ出た船

地上に出ると、銃口が六つ、こちらを向いていた。

ミラベルの背中にミラ。ノエラの両脇に、ピオとリラ。三人とも、肩から先がなかった。

提督が、手を上げた。銃口が、下がった。

『四本』

提督は、一人ずつ見て、数えた。

『三本は、腕がない。一本は、腕がある』

「腕は、あげる」とミラベルが言った。「落とした六本、全部持っていっていいよ。子は、あげない」

『腕は、都の粒で買ったものだ。もともと都のものだ』

「じゃあ、話は早いね」

提督は、ノエラを見た。

ノエラは、ピオとリラを抱えたまま、まっすぐ立っていた。ラーナが、その横にいた。

『その刃の裁きは、都でやる』

ラーナの尾が、地面を打った。

提督は、続けた。

『ただし、今ではない』


船の上から、兵が一人、紙を持って駆け下りてきた。

提督は、紙を受け取って、読んだ。

二度、読んだ。

顔が、変わった。マーロウは、この女の顔が変わるのを初めて見た。七隻を追い返されたときでさえ、声は割れても、顔は変わらなかった。

『議会が、北へ船を出した』

「北?」

『五隻。昨日の朝だ。行き先は、海壁の街。早くて、七日で着く』

マーロウの背中が、冷たくなった。

「何をしに」

『剣を取りに。錆びない金属を切れる剣だ。東門の内側にある、と』

「誰に聞いた」

『本部だ。議会が訊いたら、答えたそうだ』

マーロウは、奥歯を噛んだ。

あの機械は、嘘をつかない。訊かれたことには、全部答える。訊いたのが誰でも。

「剣で、何をする気だ」

『蓋を切る。都の東の、掘削の底の蓋だ』

提督は、紙を握りつぶした。

『私の数では、それは間違いだ。井戸が枯れる速さは、あれが叩くたびに上がっている。蓋を割れば、下のものは叩くどころでは済まなくなる。何が起きるか、数が出ない』

「数が出ないなら、やめさせろ。あんたは提督だろ」

『提督は、数を出すだけだ。決めるのは議会だ。私は二日、都を空けた。その間に決まった』

提督は、マーロウを見た。

『刃は、四本とも止まった。門は開ける。約束だ』

「それとは別に、話があるって顔だな」

『ある。今夜、船に来い』


日が傾いた。

作業場の瓦礫のあいだで、火を三つ焚いた。トビアスたちが豆を煮た。ボロが、鍋のまわりを回って叱られた。

ミラベルは、火のそばに座っていた。

膝の前に、ミラとピオとリラが並んでいた。三人とも、腕がない。ミラベルが、自分の小袋の粒を一つずつ、順番に口へ入れてやっていた。

「はい、ミラ。はい、ピオ。はい、リラ。…はい、ミラ」

『さっき、もらった』

「あ、そっか」

ミラベルは、マーロウを振り返った。

『ねえ坊や。これ、あたし、母親じゃない?』

「二百十一だろ。ばあさんでもおかしくない」

『ばあさんって言った!? 今、ばあさんって言った!?』

ウィラが、豆の椀を抱えたまま、ひっくり返って笑った。ニコも笑った。ロズリンが帳面の陰で肩を震わせていた。ドラグは胸を押さえて、笑うのをこらえていた。こらえると痛いらしかった。


ノエラが、マーロウの隣に来て座った。

しばらく黙って火を見てから、言った。

『手を、見せていただけますか』

「手?」

『最初の刃が選んだ人の手を、確かめてみたいのです』

マーロウが、何か言う前に、ノエラの金属の指が、マーロウの手の甲に触れた。

次の瞬間、ミラベルが二人のあいだに飛び込んできた。

『触らないで!』

ノエラは、手を引っこめた。

「すみません。おかあさんにも、よく叱られます」

『あたしの顔で、坊やに触らないの! 約束したんだから! ね、坊や!』

「おれは約束させられただけだ」

『させた! させたの!』

ミラベルは、マーロウの前に膝立ちになった。

『キスして』

「…今、ここでか」

『今、ここで。消毒』

マーロウは、火のまわりを見た。全員が、見ていた。ミラとピオとリラが、同じ角度で首を傾けていた。

「見てるぞ、全員」

『見せるの』

マーロウは、溜め息をついた。短く、口をつけた。

ブリンが口笛を吹いた。ケイルが目をそらした。

ミラが、ミラベルに訊いた。

『それ、なに』

「好きのやつ」

ミラベルは、顔を赤くしたまま、胸を張った。

マーロウは、火に目を戻した。

それから、誰にも聞こえないくらいの声で言った。

「…同じ顔が何人いても、おれが言うことを聞くのは、一人だけだ」

ミラベルは、聞こえていた。聞こえて、マーロウの肩に額をぶつけて、そのまま動かなくなった。


夜が更けた。

ニコが、火から離れた地面に、両手をついていた。

『まだ、待ってくれてる。あと二日』

そう言って、また目を閉じた。


ウィラが、マーロウの横に来た。

『ねえ。海壁の街まで、船だと何日』

「提督は、早くて七日と言ってた」

『ベル、一人で門にいるよ。ガルドさんと』

「知ってる」

『剣、渡すかな。ガルドさん』

マーロウは、年が明けてからの朝の集まりで、ガルドが言ったことを思い出していた。帝国が返せと言えば返す。共和国が来たら、渡さん。

「渡さないだろうな」

『じゃあ、どうなるの』

マーロウは、答えなかった。

答えずに、立ち上がった。

提督の船の下に、光の柱が一本、落ちていた。

「話を聞いてくる」

第九章 了