海壁

第十二章

十一枚

挿絵:十一枚

広間は、議会の建物の裏にあった。

夜になってから、提督がマーロウたちを連れていった。シビル。ラーナ。ドラグ。ロズリン。ノエラ。ミラは、何も言わずにマーロウの後ろをついてきた。

提督が、番の兵に紙を見せた。兵は、扉を開けた。

細長い部屋だった。

右の壁に、翼が並んでいた。

灰白色の翼。茶色の翼。先だけ黒い翼。大きいものは、大人二人ぶんの長さがあった。一枚ずつ、太い釘で壁に打ちつけてあった。

翼の下に、札が掛かっていた。

ドラグの手紙にあったとおり、帝国の台帳と同じ書き方だった。番号。名前。状態。

マーロウは、数えた。

翼は十一枚。札は、十二枚あった。広間では、左右一対を一枚と数えていた。

四番の札の上だけ、釘が二本、何も掛けずに残っていた。

四番。ラーナ・オーヴェイン。生存。

ラーナが、その札の前で足を止めた。

「…私の場所だ」

シビルは、何も言わなかった。妹の横に、黙って並んだ。


ラーナが、札を一枚ずつ読んでいった。

「一番、マイエル。作業場で、窯の火を見てた人」

「二番、セトラ。私の隣の寝床。夜中に、よく歌ってた」

「三番、ハンネ。足が悪いのに、いちばん早く起きる」

ラーナの声が、少しずつ小さくなった。

「…全部、作業場の人だ。みんな、生きてる。今日も、あそこにいた」

ドラグが、低く言った。

「十一人とも、翼がないまま、瓦礫の中で豆を煮とったのか」

『はい』とシビルが答えた。『私たちは、それを見ていました。見ていて、知りませんでした』


部屋の奥で、何かが動いた。

四つ足の影が、立ち上がった。

下半身は、灰白色の獣。上半身は、男。短い黒髪。琥珀色の、白目のない目。前脚には、錆びない金属が入っていた。

背中に、翼はなかった。

オルヴァン・ケイド。去年、海壁の街の市場に降りてきた将軍だった。

マーロウは、体が固くなるのを感じた。

この男の翼を、母が粒にした。その直後に、母はマーロウの顔を忘れた。

オルヴァンの目が、マーロウで止まった。

『…あの女の、息子か』

「そうだ」

『あの女は、どうした』

「死んだ。南の岩のそばに埋めた」

オルヴァンは、動かなかった。

長いこと、動かなかった。

『取り返された側の気持ち、と言われた』

低い声だった。

『分かった、と答えられなかった。答える前に、あの女は自分の手を見て、ここはどこかと訊いていた』

オルヴァンは、壁の翼を見上げた。

『翼を失って、都へ戻った。位を下げられて、ここの番をしろと言われた。毎晩、これを見て過ごした』

「それで」

『一年かかった』

オルヴァンは、壁のほうへ歩いた。

『分かるのに、一年かかった』


オルヴァンは、一番の翼の釘に、手をかけた。

太い釘を、指で引き抜いた。翼が、音を立てて、腕の中に落ちてきた。

提督が、声を上げた。

『将軍。その翼は、議会のものだ』

「議会のものではない。マイエルのものだ」

オルヴァンは、翼を床にそっと下ろした。二番の釘に、手をかけた。

「広間の番は、私だ。私が外したと、議会には言え」

『罰されるぞ』

「翼を失った日から、罰されるのには慣れている」

提督は、それ以上、何も言わなかった。

言わずに、自分も壁に近づいて、三番の札を外した。


ラーナが、オルヴァンの横に立った。

オルヴァンは、手を止めなかった。ラーナを見ずに言った。

『四番の翼は、私の背にあった』

「知ってる」

『謝らない』

オルヴァンは、五番の釘を抜いた。

『謝れば、私が軽くなる。軽くなるために謝るのは、取った側のやり方だ』

ラーナは、しばらくオルヴァンの横顔を見ていた。

「謝らなくていい」

ラーナは、床に下ろされた翼に、鼻先を寄せた。

「そのかわり、残りも、全部おろして」

『おろす』

十一枚の翼が、床に並んだ。

ドラグが一枚ずつ抱えて、外の荷車へ運んだ。胸を押さえながら。止めても聞かなかった。ロズリンが、運ばれる翼の番号と名前を、帳面に一枚ずつ書いていった。

最後の一枚を運ぶ前に、ロズリンが、帳面の端に小さく一行足した。

胸の傷、治っていない。止めても聞かない。

ドラグが、それを覗きこんだ。

「…それも記録か」

『記録です』

「消せ」

『消しません。心配した、と書くよりは、ましです』

ドラグは、何も言わなかった。言わずに、最後の一枚を、いつもより少しゆっくり持ち上げた。


最後の一枚を運び出したとき、オルヴァンが、マーロウを呼び止めた。

『明日、東の塔へ行くと聞いた』

「行く」

『議会は、塔に近衛を置いた。近衛長は、グレゴール・ヴァーン。翼を持っている。去年、背中にグリフォンの翼をつないだ』

オルヴァンは、翼のない背中で、扉のほうを見た。

『私より強い。翼があったころの私より』

「覚えとく」

『もう一つ』

オルヴァンは、言いにくそうに、少し間を置いた。

『あの女は、最後に、何か言ったか』

マーロウは、南の岩の夜を思い出した。

「間に合った、って言った。忘れる前に、間に合ったって」

オルヴァンは、目を閉じた。

『…そうか』

それだけ言って、空になった壁の前に、一人で残った。

第十二章 了