海壁

第十九章

聖なる剣

挿絵:聖なる剣

剣は、重かった。

大人一人ぶんとは言わないが、ミラベルの刃の何倍も重かった。金属の左手でなければ、振り回せなかっただろう。

片腕になった一体目が、ミラベルに向き直った。

二体目も、向き直った。

二つの鉄の面が、同時に、剣を見た。

「こっち見た。…そりゃ見るよね」

一体目が、来た。

ミラベルは、受けなかった。受けたら、腕ごと持っていかれる。体を低くして、刃の下をくぐった。くぐりながら、剣を横に振った。

剣先が、一体目の脇腹を撫でた。

金属が、裂けた。浅かった。

「重くて、速く振れない!」


二体目の刃が、上から来た。

ミラベルは跳んだ。剣の重さで、いつもより跳べなかった。刃が、ミラベルの太腿をかすめた。黒い液が散った。

着地して、よろけた。

一体目が、そこへ来た。

その刃を、横から二本の刃が受けた。

ベルだった。

『一番。私が止めます。切れませんが、止めることはできます』

ベルの二本の刃が、本物の片腕を挟み込んで、押さえていた。押さえるたびに、ベルの足が、白い地面を後ろへ滑った。

「ベル! 長くはもたないでしょ、それ!」

『もちません。ですから、早くしてください』


壁の上から、ウィラの声が降ってきた。

「胸! ミラベル、胸の箱! 本部が言ってた!」

ミラベルは、剣を握り直した。

そのとき、気づいた。

柄を握る金属の左手。人差し指、中指、薬指。それから、小指。

四本とも、柄に沿って、まっすぐだった。

爪の先ひとつぶん曲がっていた四本目が、剣の柄に押されて、まっすぐ伸びていた。

ミラベルは、一瞬だけ、それを見た。

「…坊やに、数えてもらわなきゃ」

一体目の胸へ、踏み込んだ。

ベルが押さえている片腕の下を抜けて、剣を、まっすぐ突き出した。

剣先が、鉄の胸を貫いた。

中で、何かが割れる音がした。

一体目の体から、光が漏れて、すぐに消えた。

鉄の面が、がくりと下を向いた。膝が折れた。

それきり、動かなかった。


二体目は、止まらなかった。

一体目が倒れても、見向きもしなかった。ミラベルの剣だけを見ていた。

二本の刃が、左右から交互に来た。一つ、二つ、三つ。ミラベルは、剣で弾いた。弾くたびに、腕がしびれた。

四つ目で、剣が手から滑りかけた。

「…っ、まっすぐな指、まだ慣れてない!」

二体目の刃が、ミラベルの喉へ来た。

ミラベルは、剣を離さなかった。離さずに、左手の指を全部使って、柄を握り直した。

まっすぐになった四本で。

剣が、横に走った。

二体目の右腕が、肩から落ちた。

返す剣で、左腕が落ちた。

刃を失った二体目が、それでも一歩、前に出た。

ミラベルは、その胸に、剣を突き立てた。

光が漏れて、消えた。


戦場が、静かになった。

融合兵たちが、動きを止めていた。空のグリフォンが、輪を描いて迷っていた。

兵の誰かが、叫んだ。

『本物が…二本とも…』

別の兵が、叫んだ。

『聖なる剣を持った刃だ! あれは、数でどうにかなるものじゃない!』

五隻の船が、光の柱を引き上げはじめた。融合兵が、柱に駆け込んだ。グリフォンが、甲板へ戻った。

船は、南へ向きを変えた。

壁の上で、誰かが泣いた。誰かが笑った。ガスが、縄を放り投げて、両腕を上げた。

『勝ったぞぉ! 勝ったぁ!』


ミラベルは、倒れた二体の横に膝をついた。

一体目の鉄の面に、手をかけた。外した。

面の下に、顔はなかった。

のっぺりとした、磨いた金属があるだけだった。目も、鼻も、口もなかった。

ウィラが、壁から降りてきて、横に並んだ。

『…顔、ないんだ』

「ないね」

ミラベルは、二体目の面も外した。同じだった。

「…ごめんね。順番、逆になっちゃった」

ミラベルは、のっぺりした金属に、そっと手を置いた。

「顔がなくても、名前はつけられる」

ミラベルは、剣を膝の上に置いた。

「嬢ちゃん。つけてあげて」

『あたしが?』

「壊したのは、あたしだから。つけるのは、別の人がいい」

ウィラは、長いこと、二つの顔のない顔を見ていた。

それから、言った。

『マルタ。それから、リズ』

「いい名前」

『うちの牛の名前』

ミラベルが、目を丸くした。

「牛!?」

『牛。十一頭、全部に名前があったの。あたしがつけたの。いい名前だもん』

ウィラは、懐から帳面を出した。膝の上で開いて、書いた。

帝国暦三四九年、春。共和国の刃、二体。マルタ。リズ。

ミラベルは、その字を見て、少し笑った。

笑いながら、左手を、ウィラの前に出した。

「ねえ、見て。四本とも、まっすぐ」

第十九章 了