海壁

第二十六章

姉の翼

挿絵:姉の翼

ドラグの荷車が作業場に着いたのは、七日目の夜更けだった。マーロウが数えている七日目だ。作業場では、誰もそうは数えていなかった。

話を聞いて、シビルは一度だけ目を閉じた。

開けてから、トビアスに言った。

『妹の番を、明日にしてください』

縫い目が締まるのに三日かかる、とトビアスが言った。それから、ドラグのほうを見た。

ドラグが言った。

「小瓶を下ろすのは、三日後の夜だ。底に着くのは、その明け方になる」

トビアスは、指を折った。

『明日縫えば、締まるのは、ちょうどその朝だ』

ラーナが、姉を見た。

「…いちばん後ろって、言ったのに」

『後ろにいた人たちは、もう全員、縫い終わりました』

シビルは、灰白色の二枚の包みを、前脚で妹のほうへ押しやった。

『あなたの番です』


翌朝、ラーナは台にうつ伏せになった。

トビアスと弟子たちが、背中の古い傷を開いた。肩甲骨のあたりの、二つの傷跡。一年前、翼を根元から取られた場所だ。

シビルが、妹の頭の前に座った。

「姉さん。見ないで」

『見ます』

「かっこ悪い顔するから」

『見ます』

灰白色の翼が、あてがわれた。太い糸が、一針ずつ入った。

ラーナは、声を上げなかった。上げるかわりに、姉の前脚に額を押しつけていた。

シビルは、動かなかった。瞬きも、しなかった。

縫い終わったとき、ラーナの背中で、翼の先が、ほんのわずかに震えた。

ノエラが、部屋の隅で、その震えを見ていた。

見ていて、自分の金属の手を、胸の前で握りしめていた。


その翌日の昼、作業場の空に、翼が二つ上がった。

マイエルとセトラだった。四日前に縫った二人だ。縫い目が締まったばかりの翼で、瓦礫の上を、三メートルほど浮いて、また降りた。

降りたとき、セトラが泣いていた。

「飛べた…飛べたよ…」

作業場じゅうの者が、声を上げた。ブリンが鍋を叩いた。ピオとリラが、同じ角度で、何度も首を縦に振った。

ラーナは、その声を、背中を上にして聞いていた。

新しい翼を、少しだけ持ち上げてみた。

付け根に、焼けるような痛みが走った。翼は、半分も上がらなかった。

『まだです』とトビアスが言った。『締まるのは、明後日の朝だ。それまで動かすな』

「明後日の朝じゃ、遅いよ。塔に着くまで、半日かかる」

『動かしたら、縫い目が裂ける。裂けたら、塔どころじゃない』

ラーナは、黙った。

黙って、翼を下ろした。


夕方、ノエラが、ラーナの横に座った。

「おかあさん」

『…なに』

「私が、塔へ行きます。おかあさんのかわりに」

『あんたは、ここにいなさい』

「なぜですか」

『あんたは、裁きを待ってる身なの。都の人の前に、刃のある腕で出ていったら、また刃が暴れたって言われる。ルーカスのお母さんにも、そう言われる』

ノエラは、しばらく黙っていた。

「…それでも、行きます」

『ノエラ』

「おかあさんが、毎日言いました。それは許されることじゃない、って。だから、許されることを、一つでも多くやります。塔の下には、光に当たったら死ぬ子が、たくさんいるのでしょう」

ラーナは、ノエラの顔を見た。

自分がつけた名前の、同じ顔の、まっすぐな目を。

『…誰に似たんだか』

「おかあさんです」

ラーナは、濡れた鼻先を、ノエラの額に押しつけた。

それから、立ち上がって、シビルのほうを向いた。

「姉さん。明日の夜、荷車で運んで。夜のうちに走れば、明け方に塔に着く」

『縫い目が締まる前に、ですか』

「荷車の上で締まる。着いたときに、飛べるようになってればいい」

シビルは、長いこと妹を見ていた。

『…あなたは、昔から、そういう子でした』


その夜、ドラグは火の番をしていた。

胸を押さえたまま、北の空を見ていた。

ブリンが、隣に座った。

『あんた、ロズリンに何か言っただろ』

「なんで分かる」

『来たときから、顔がそわそわしてる。二十年、物資の係をやってりゃ、荷の中身は外から分かるもんさ』

ドラグは、答えなかった。

答えずに、火に枝を一本足した。

ピオとリラが、ブリンの膝の横に座っていた。昼のあいだ、二人とも、荷車のまわりを離れなかった。乗っていくつもりらしかった。

『だめだよ』とブリンが言った。『腕のない子は、豆の係だ。あたしと一緒に、ここで鍋の番』

ピオとリラは、同じ角度で首を傾げた。それから、同時に、ブリンの両腕に頭をもたせかけた。

しばらくすると、二人とも眠っていた。ボロが、その上に顎を乗せた。

遠くで、セトラがまた歌っていた。今度は、翼を半分広げて。

第二十六章 了