海壁

第七章

扉の上

挿絵:扉の上

提督の船から、光の柱が落ちた。

柱の中を、提督が降りてきた。後ろに、融合兵が六人。

提督は、砂の上に落ちている二本の金属の腕を見た。ミラベルの膝の上のミラを見た。それから、ノエラを見た。

『一本、止まったな』

「二本だ」とマーロウは言った。

『もう一本は、腕も刃もある』

ミラベルが、ミラの頭をそっと下ろして、立ち上がった。

「この子は、止まってる。名前があるから」

『名前で、刃は止まらない』

「止まるよ。あたしが、そうだった」

『その刃は、技師を殺した』

「知ってる。本人が言った」

『では、渡せ。都で裁く』

ラーナが、ノエラの前に出た。四本の足を開いて、低く構えた。

「連れていくなら、私も連れていって」

『翼のない獣は、数に入らない』

「入れなくていい。ついていくだけ」

提督は、ラーナを見なかった。ミラベルだけを見ていた。

『技師にも、名前はあった。家族もいた。名前をもらった刃が、名前のある技師を殺した。それを許せと言うのか』

ミラベルは、すぐには答えなかった。

「…あたしも、最初の一年に、九人壊した」

『聞いている』

「九人目は、あとで、あたしに名前をくれた人。腕を一本なくして、それでも毎朝、おはようって言ってくれた」

『その男は、生きていた』

提督の声は、少しも上がらなかった。

『私の技師は、死んだ』

ミラベルは、口を開けて、閉じた。何も言い返せなかった。

マーロウも、言い返す言葉を持っていなかった。この女の言うことは、正しかった。


足の下で、また音がした。

一つ。二つ。三つ。さっきより、重かった。

瓦礫の端から、細い砂が崩れ落ちた。

「裁くのは、あとでいい」とマーロウは言った。「今は、下だ」

『二枚目の扉が、もたない』

提督は、崩れた建物の一つを見た。そこだけ、屋根が内側から持ち上げられたように割れていた。

そのとき、ミラが、ミラベルの服の裾を噛んで引いた。腕がないから、そうするしかなかった。

「どうしたの」

『…妹』

「え」

『下の二人。妹。おなか、すいてる。ずっと』

ミラベルの顔から、色が抜けた。

マーロウは、ミラの横に膝をついた。

「おまえ、あの夜、蔵を襲ったのは」

『持っていきたかった。下に。でも、扉、開かなかった。叩いたら、曲がった』

ミラは、金属の目を瞬いた。

『叩いてるうちに、おなか、すいて。食べた。食べても、すぐ、すいた』

提督が、低く言った。

『…だから、一枚目が曲がっていたのか』

ノエラが、静かに付け足した。

「私は、止めようとしました。でも、蔵のそばに人が寝ていました。先に、運びました」

ミラベルが、ミラの前にしゃがんだ。震える手で、ミラの頬に触れた。

「あんた、妹に、ご飯持っていこうとしてたの」

『うん』

「…そっか」

ミラベルは、それだけ言って、しばらく下を向いていた。


『開けるな』

提督が言った。

『開ければ、二本が出る。封じたまま、粒を断てば、いずれ止まる』

ミラベルが、顔を上げた。

「いずれって、いつ」

『体を燃やし尽くすまでだ。ひと月か、ふた月か』

「あたし、それ、知ってる」

ミラベルは、立ち上がった。

「粒が足りないと、自分の体を燃やして動くの。痛くないよ。でも、少しずつ、なくなっていくの。暗いところで、一人で、それやるの」

提督は、答えなかった。

マーロウが、前に出た。

「おれたちが下りる。二人の腕を落とす。こいつと同じにする」

マーロウは、ミラを顎で指した。

「上がってくるのは、腕のない二人だ」

『腕のある刃が上がってきたら、撃つ』

「それでいい」

提督は、しばらくマーロウを見ていた。それから、融合兵に手で合図をした。六人が、割れた建物の入口を囲んで、銃を構えた。


下りるのは、四人と決まった。

マーロウ。粒の袋を持っているから。ミラベル。ノエラ。それから、道を知っているミラ。

ウィラが、マーロウの袖をつかんだ。

『あたしも行く』

「おまえは上だ」

『なんで』

「上で待つやつが要る。それに、下は暗い。おまえが転んだら、誰かが拾いに戻らなきゃならん」

ウィラは、唇を噛んだ。

袖を放した。放してから、ミラベルのほうを向いた。

『帰ってきてよ。二人とも。ちゃんと、二人とも』

ミラベルは、にっと笑って、ウィラの頭を金属の手で撫でた。

「あったりまえでしょ、嬢ちゃん」


割れた建物の奥に、下へ続く石の階段があった。

一枚目の鉄の扉は、階段の途中で、内側に大きく曲がって、半分開いていた。その先は、暗かった。

ミラが先に立った。腕のない肩で、闇の中へ下りていった。

その後ろを、ノエラ、マーロウ、ミラベルの順に続いた。

十段。二十段。

下から来ていた音が、ふいに止まった。

静かになった。

ミラが、足を止めた。

『…二枚目、破れた』

第七章 了