第三十一章
連れていくもの

支度に、六日かかった。
行くのは、五人と決まった。
マーロウ。ミラベル。ウィラ。ニコ。そして、ロズリン。
ロズリンが自分から言い出したとき、ニムが目を剥いた。
「書記が街を離れてどうする。帳面は誰が書くんだ」
『写しを三冊作りました』とロズリンが言った。『一冊はニムさんに、一冊はグロム副長に、一冊は蔵に置きます。書き方も、紙に残しました』
「それでも、書く人間がおらんだろが」
『ミア・ホロウェイが引き受けてくれました。字は私より丁寧です』
ミアが、店の隅で小さく手を上げた。
ニムが、口を閉じた。
それから、ぼそりと言った。
「…準備がよすぎるわ、おまえは」
『三か月前から準備していました』
ベルは、残ることになった。
本人が、そう言った。
『海はもう粒を戻しません。ですが、街の灯りは粒で点いています。作る者がいなくなると、いずれ暗くなります』
ベルは、自分の左腕を見た。
『私の刃でも、一日二百は作れます。それで、灯りは保ちます』
ミラベルが、ベルの前に立った。
「…寂しくない?」
『寂しい、という状態を、私はまだ持っていません』
ベルは、いつもの抑揚のない声で言った。
『ですが、あなたがいない朝の列を、私はもう想像しました。想像したら、胸の内側が重くなりました』
ベルは、首を傾げた。
『これが寂しいなら、寂しいです』
ミラベルは、ベルを抱きしめた。
金属の腕で、思い切り。
ベルは、抱きしめ返す手の置き場所が分からずに、しばらく宙で止めていた。
それから、そっと、ミラベルの背中に手を置いた。
ガスが、荷台に袋を積んだ。
干し肉と、豆と、干した杏。杏はニムが持ってきた。
『これ、サムとオットの分も入ってる』とガスが言った。『三人ぶん食え』
「三人で行くわけじゃない」
『分かってるよぉ。気持ちだよ、気持ち』
ガスは、三本の指で荷台の縁を叩いた。
『…おれは残る。ミアもいるし、店もある。それに、おれが行ったら、誰がオットとサムに毎晩同じ話を三回するんだよ』
「二人とも、戻ったろ」
『戻っても三回するんだよ。習慣だ』
ガルドが、東門で待っていた。
左手で、削った楔を差し出した。
『荷車の車輪が緩んだときに使え。おれが削った。初めて役に立つ楔だ』
マーロウは、それを受け取った。
出発は、朝だった。
街の人間が、東門の外まで出てきた。
グロムが、兵を整列させた。帝国の街の副長が、帝国の命令書もなしに、五人の旅人に敬礼をした。
ヴェスタが、ウィラの上着の肩を、出発の直前まで縫い直していた。
「…戻ったら、また縫ってやる」
『うん』
「破って戻ってこい。破らずに戻る旅は、たいてい何もしとらん」
荷車が、動いた。
濡れていない道を、東へ。
去年、巨人が残していった跡は、もう乾きはじめていた。
草は、まだ緑だった。
出発の前の晩、ガスの家に人が集まった。
サムとオットと、ミアと、ニコと、ウィラ。マーロウとミラベルは戸口に座った。家が小さいので、それで精一杯だった。
サムが、豆を配りながら言った。
『おれ、正直まだ夢みてえなんだよ。三か月、椅子に座ってた記憶があんのに、体は元気でさ』
「座ってた記憶があるだけましだ」とオットが言った。「おれは、毎晩ガスの話を三回聞いてた記憶しかない」
『三回目は短いんだろ』とガスが言った。『言ったよなぁ、おまえ』
「短い」
『自分で気づいてないだけだと思ってたのか』
「思ってた」
ガスは、椀を置いた。
『…気づいてたよ。三回目はな、短くしてたんだ。長く話すと、おまえらが返事しないのが、きつかったからな』
部屋が、静かになった。
ミアが、兄の袖を引いた。
「兄ちゃん。泣かないでよ」
『泣いてねえよ』
「泣いてるじゃん」
『豆が熱いんだよ』
ガスの家を出たところで、ミアがウィラの袖をつかんだ。
『ニコのこと、見ててね。筒は一日一口。忘れてたら、叱って』
「叱る。毎日叱る」
『ウィラのことは、誰が見るの』
「…自分で見る」
『だめ。自分のことを見るのが、いちばん下手なの』
ミアは、袖を離さなかった。
『姉ちゃんも弟もいない街、初めてなんだけど』
ウィラは、ミアの頭を抱えた。一つしか違わない頭を。
「兄ちゃんがいるでしょ」
『兄ちゃんは、兄ちゃん。姉ちゃんは、姉ちゃん』
「…帰ってきたら、全部話す。ミアが書いて」
『書く。一行も落とさない』
ウィラは、その夜、ニムの店の二階で荷物をまとめた。
布の袋に、着替えと、櫛と、干した杏。
それから、石の板を一枚。
マーロウの上着から、旅のあいだだけ預かった、あの板だ。灯台跡の夜に彫った板。
ウィラは、それを布に包んで、袋のいちばん下に入れた。
「持っていくのか」
戸口に、マーロウが立っていた。
『持ってく』
「重いだろ」
『重くない』
ウィラは、袋の口を縛った。
『マーロウが言ったんじゃん。感じてて、重くないって』
朝、東門の前に、荷車が一台。
荷台には、水の筒が四十本、豆と干し肉の袋、ハーランへの土産、そしてウィラの布袋。
剣は、置いていくことにした。
ガルドが、それを門の内側の壁に立てかけて、左手で柄を一度叩いた。
『これは、この街で預かる』
「持っていったほうが、役に立つかもしれん」
『役に立つかもしれんものは、たいてい、奪われる』
ガルドは、門の外を見た。
『道中で奪われたら、蓋を開ける鍵を、自分の足で敵に届けたことになる。おれなら、置いていく』
マーロウは、頷いた。
グロムが、その横で紙を広げていた。
『出立の記録を書きます。五名、南へ。目的は』
グロムは、筆を止めた。
『…目的は、何と書きましょうか』
マーロウは、少し考えた。
「迎えに行く、でいい」
グロムは、そのとおりに書いた。
第三十一章 了