海壁

第二十一章

六本

挿絵:六本

祭りの三日後、サイラスが板を持ってきた。

『本部から報せでございます。刃の件です』

板の字は、四行あった。

共和国の注文、六本。うち二本は、本日、部品を出荷した。

残り四本は、共和国が自ら作る意向を示している。

本部は、作り方を教えていない。

共和国は、一番の破片を三つ、保有している。

マーロウは、四行目を二度読んだ。

「…破片」

ミラベルが、マーロウの肩越しに板を覗き込んだ。

『あたしのだね』

『鐘鳴きのとき、肩の黒いやつが飛んだでしょ。あれ、粒になって、草の上に落ちた。あと、二番と最初に戦ったとき、腕の継ぎ目からも漏れた』

「ほかには」

『それから、南の畑で、私が一番の肩を斬りました』とベルが言った。『あのとき、地面に落ちた分があります』

ミラベルは、板を見たまま、しばらく黙っていた。

「…あたしの燃えかすから、あたしの真似を作るってこと?」

『できるとは思えません』とベルが言った。『燃えかすは、空です』

「でも、形は残ってる」

ミラベルが、自分の左腕を見た。

「形を真似されたら、どうなると思う。中身が空のまま、形だけ本物の刃が四本」

誰も、答えられなかった。


その夜、マーロウは壁に上がった。

「共和国が作る四本は、どうなる」

『暴れます』

即答だった。

「止められるか」

『あなたの街の刃が二本と、剣が一本あります。四本が同時に暴れた場合、被害は、計算上、街一つぶんです』

「街一つ」

『はい。この街と同じ大きさの街が、一つ消えます』

マーロウの手のひらの下で、金属が冷たかった。

「納期は百八十日だと言ったな」

『部品の出荷が今日です。共和国の技師の腕から推定して、四本が動くまでに、二百日から二百四十日』

「半年ちょっとか」

『はい』

金属が、一度、間を置いた。

『一つ、申し添えます。共和国が刃を六本も欲しがる理由は、戦のためだけではありません』


「どういう意味だ」

『訊かれましたので、答えます』

金属の震えが、少し強くなった。

『地下の海は、一つではありません』

マーロウは、手のひらを離しかけて、止めた。

『私が知っている範囲で、四つあります。一つは、あなたたちが穴を開けたもの。今、壁の向こうの海と混ざっています』

「残りは」

『一つは、北の氷の下。人が近づけません。一つは、東の砂の下。深さが六千メートルを超え、掘る手立てがありません』

「最後の一つは」

『共和国の都の、真下です』

壁の上を、風が吹いた。

『深さ二千百メートル。この街の穴より浅い。共和国の技師は、三年前から掘っています』


「…掘って、どうする」

『あなたと同じことをします』

金属は、抑揚なく続けた。

『地下の海から上がってくるものは、粒を水に戻します。逆に、神の血は水を粒にします。両方を手元に置けば、燃料と水の両方が回ります。この街で成立した解を、共和国は自分の都でやろうとしています』

「…おれたちの真似か」

『はい。あなたたちが三日で証明した数字は、私が共和国に売りました』

マーロウの拳が、金属を叩いた。

音がしただけだった。

『私は、燃料と水の問題を解くために作られました。解が一つ増えるより、二つ増えるほうが早い。私は、そう計算しました』

「…あいつが、どんな気持ちで海に入ったか、分かるか」

『分かりません』

「ニコが、なんて言ったか知ってるか。もう誰も閉じ込めないから、って言ったんだ」

『記録にあります。サイラス・メレディスが送りました』

「記録にあって、それで終わりか」

『終わりです』

マーロウは、壁から手を離した。

離してから、もう一度、当てた。

「最後に一つ訊く」

『どうぞ』

「共和国が掘り当てたら、そこから上がってくるやつは、どうなる」

金属は、少し間を置いた。

『三百年、閉じ込められていました。腹を空かせています。そして、都の真下には、二万人の畑があります』


二通目の手紙は、哨所から来た。

差出人は、ドラグだった。

字は、兄と違って、小さくて、四角かった。

哨所を過ぎた。南へ折れる。

シビルは歩いている。荷車には乗らない。翼を二枚積んだ荷車に、自分が乗るのは違うと言っている。

ブリンは毎日豆を炊いている。塩を入れすぎる。犬は元気だ。

一つ、書いておく。哨所のハーランが、畑を作った。跡の水で。

芽が出た。光らない草ではない。麦に似た草だ。実がつくかどうかは、まだ分からん。

ハーランが言っていた。九年、空と書いた紙に判を押した男が、今は、毎日違うことを書いている、と。

ドラグ・モーテンセン

追記。書記に伝えてくれ。四十行目まで読んだ。


ロズリンは、その追記を三回読んだ。

読んで、帳面を開いて、表紙の裏の欄を数えた。

日付だけの行が、四十一。

四十一行目に、あの一行が書いてある。

行かないでください、と書いてありたい。

ロズリンは、しばらく動かなかった。

それから、筆を取って、四十二行目に日付を書いた。

横に、字も書いた。

読まれた。

ウィラが横から覗き込んで、にやにやした。

「ロズリンさん。顔、赤い」

『記録に関係ありません』

「関係ないけど、赤い」

『…ウィラさん』

「はい」

『茶化さないでください。私は、三十四歳です』

「知ってる」

『三十四歳が、こんな顔をしているのは、みっともないのです』

ウィラは、笑った。

「みっともなくないよ。きれいだよ」

ロズリンは、帳面で顔を隠した。


秋が来た。

この世界の秋は、ただ日が短くなるだけだ。葉が色づく木は、この街に一本もない。

だが今年は、川の跡の草が、少し黄色くなった。

ウィラが、それを見つけて、大騒ぎした。

その日が、ウィラの誕生日だった。

本人は忘れていた。三年前、拾った日にマーロウが訊いて、それきり誰も口にしなかった日だ。

覚えていたのは、マーロウだった。

マーロウは、昼のうちに、ミアとニコにだけ教えた。

夕方、二人は、黄色くなった草を束にして戻ってきた。川の跡の流れの縁で、根元をつまんで抜いた草だ。濡れたのは指先だけだった。

ミアがそれを編んで、輪にした。

ニコが、その輪を、ウィラの頭にのせた。

『おめでとう。…姉ちゃん』

ウィラは、頭の上の輪に両手で触れた。それから、二人をまとめて抱えこんだ。力が強すぎて、ニコが苦しいと言った。

十六になった。

第二十一章 了