海壁

第二十五章

三通目

挿絵:三通目

三通目の手紙は、封が違っていた。

共和国の蝋でも、帝国の蝋でもない。ただの紐で縛ってあった。

運んできたのは、南から来た塩売りの男で、銅貨を二枚だけ受け取って、何も訊かずに帰っていった。

字は、ドラグのものだった。小さくて、四角い。

都に着いた。二十四日かかった。

荷車は入れなかった。翼は麻に包んで、干し草の下に入れて、市の日に紛れ込んだ。

広間を見た。兄の数えた数は正しかった。十一枚ある。

壁に札がついていた。番号と、名前と、状態だ。帝国の台帳と同じ書き方だった。誰が教えたかは、考えたくない。

四番の札に、こう書いてあった。

ラーナ・オーヴェイン。生存。

シビルは、その札の前で、一度も瞬きをしなかった。

今、居場所を探している。都の外の、南の作業場にいるらしい。

帰りは遅くなる。書記に、そう伝えてくれ。

ドラグ・モーテンセン

追記。都の東で、穴を掘っている。音が地面から伝わってくる。夜も止まらない。


その手紙を、ロズリンは三回読んだ。

三回目に、追記のところで筆を止めた。

「…生きています」

声が、少し上ずっていた。

「シビルさんの妹さんが、生きています」

ウィラが、ロズリンの腕を両手でつかんで、跳ねた。

マーロウは、手紙の最後の三行を見ていた。

都の東で、穴を掘っている。

音が、地面から伝わってくる。

夜も、止まらない。


その夜、ロズリンは返事を書いた。

書いては消し、また書いた。紙を三枚無駄にして、四枚目でようやく短く収まった。

ウィラが横で覗き込んだ。

「なんて書いたの」

『これだけです』

ロズリンは、紙を見せた。

こちらは変わりありません。

灯りは全部点いています。

帳面の欄は、四十二行目まで来ました。

ロズリン・ヴェイク

「…短い」

『長く書くと、待っている人みたいだからです』

「待ってるじゃん」

『待っています。ですが、紙に書くのは別です』

ウィラは、しばらくロズリンを見ていた。

それから、筆を取り上げて、紙の下に一行付け足した。

待ってます。ウィラ・ケイン。

『ウィラさん』

「だって、待ってるもん。あたしは記録係じゃないから、書いていいの」

ロズリンは、その一行を長いこと見て、消さなかった。


朝の桶の列に、サムとオットが並ぶようになった。

戻ってからも、二人は毎朝来た。

『変わってた三か月も、ずっと運んでたからな』とサムが言った。『体が覚えてる』

「無理するな」とマーロウが言った。

『無理じゃねえよ。むしろ、寝てたぶんを返してんだ』

オットは、何も言わずに桶を運んでいた。

昼、休みの鐘が鳴ったとき、オットがマーロウの横に来た。

『…一つ、言っておきたいことがある』

「なんだ」

『変わってたあいだのことは、全部覚えてる』

オットは、海を見ていた。

『自分が頭を下げるのも、ありがとうございましたって言うのも、全部見えてた。止められなかっただけだ』

マーロウは、何も言えなかった。

『ガスが毎晩来て、同じ話を三回した。あれも全部聞いてた』

オットは、少し笑った。

『三回目はいつも、少し短くなるんだ。あいつ、自分で気づいてないだろうな』


その夜、ニコが海から上がってこなかった。

ウィラが呼びに行った。マーロウも行った。

ニコは、腰まで浸かったまま、沖を見ていた。

「ニコ」

『…静かなの』

「静か?」

『うん。いつもは、寄せて、引いて、寄せて、引いて、って聞こえるの。でも、今日は、途中で止まる』

ニコは、両手を水の上に置いていた。

『向こうから、何か来てる気がする。ずっと遠くから』

「何がだ」

『分かんない。あいつも分かってない』

ニコは、初めて、困った顔をした。

『あいつが分かんないことって、初めてだ』

マーロウは、沖を見た。

星の海は、いつもと同じに光っていた。

指の関節ひとつ分ほど、波が低い気がした。

気のせいかもしれなかった。

ウィラは、波の届くところの手前で止まっていた。

そこから先へは、行かない。ニコは海に入れる。ウィラは入れない。それを、いちばん悔しがっているのはウィラだった。

ニコが上がってくると、ウィラは自分の上着を脱いで、ニコの頭からかぶせた。

「遅い」

『…ごめん』

「呼んでも来ないし。ずっと沖ばっかり見てるし」

ウィラは、上着ごと、ニコの頭をがしがし拭いた。

「弟がいなくなったら、姉ちゃんは困るの。覚えといて」

『…うん』

上着の中で、ニコが小さく笑った。


翌朝、ロズリンの台に、いつもより長い列ができた。

理由は、塩売りの男が南で喋ったからだった。

海壁の街では、粒の中身を見てくれる台がある。

哨所から来た荷車に、隣の谷の連中が三人、粒を持って乗ってきていた。三人とも、袋いっぱいの粒を抱えていた。

『他所の方は、調べるだけにします』とロズリンが言った。『買い取りはしません。ここの粒ではありませんので』

「なんでだ」とニムが訊いた。

『買い取ると、値をこちらが決めることになります。他所の値を、この街が決めてはいけません』

ニムは、唸った。

それから、七本の指で顎を撫でて、言った。

「…おまえ、商人になれるぞ」

『なりません。記録係です』

第二十五章 了