第二十一章
代わりの答え

その夜、ニムの店に全員が集まった。
店に入りきらなかった。ミラベルは戸口に座り、シビルは店の外の通りに伏せて、窓から顔だけ入れていた。ブリンが、鍋いっぱいの豆を炊いていた。
ロズリンが、机に紙を広げた。
『数字を並べます』
全員が、黙った。
『マーロウ・ケインさんが一日に作れる粒は、一人で汲んで運ぶなら、多くて四百です。坑の底にいた方の話では、毎朝二時間で百。一日続ければ四百』
「そうだ」
『海の中のあいつが、粒を水に戻す速さは、壁の灯りの消え方と、海の上がり方から計算しました』
ロズリンは、紙の一行を指で押さえた。
『一日に、およそ四千八百。十二倍です』
店の中が、静まり返った。
ニムが、秤の前で唸った。
「十二倍だと? 釣り合うわけがないだろが」
『釣り合いません。今のままでは』
ガスが、三本の指で頭を掻いた。
『じゃあ、どうすんだよぉ。マーロウが十二人いりゃいいのか』
「一人しかいない」
『知ってるよぉ』
シビルが、窓から口を開いた。
『取引は、両方が得をするときにだけ成立します』
全員が、窓を見た。
『本部が得をするのは、燃料と水の両方が満ちるときです。あちらは二百九十年、その答えを探していました。答えを差し出せば、三十年の約束と引き換えにできるかもしれません』
「答えは、今、十二倍ずれてるぞ」
『ずれていることも、答えの一部です。ずれていると正直に言って、どう埋めるかを示す。商人なら、そうします』
ミラベルが、戸口で膝を抱えたまま言った。
『本部はね、嘘は言わないけど、計算で動く。計算に合えば、昨日の命令でも引っこめる。合わなきゃ、何を言っても聞かない』
「じゃあ、計算で見せるしかないな」
『そう。見せるの』
マーロウは、立ち上がった。
「壁へ行く」
『今から?』とウィラが言った。
「本部は壁で喋る。こっちの声も、たぶん壁で聞いてる」
夜の壁の上は、半分暗かった。
南から消えていった灯りが、北の端まであと少しのところまで来ていた。
マーロウは、壁の上の、石の剥がれたところにしゃがんだ。錆びない金属が、覗いていた。
手のひらを、当てた。
冷たかった。
「聞こえてるか」
しばらく、何も起きなかった。
それから、手のひらの下で、金属が、低く震えた。
『聞こえています。一〇六番』
後ろで、ウィラが息を呑む音がした。
「話がある」
『どうぞ』
「おれの血は、水を粒にする。海の中のあいつは、粒を水にする」
『はい』
「今までは片道だった。粒を一つ作るたびに、水が桶一杯、この世から消えた。二百九十年、消えっぱなしだ。あいつがいれば、往復になる。あいつが食う分だけ粒を渡せば、水は減らない。それより多く作った分は、まるごと燃料になる」
『水は、増えません』
「水が要る年は、あいつに多めに食わせればいい。燃料が要る年は、おれたちが多めに作る。どっちに寄せるか、選べるようになる。あんたが二百九十年、選べなかったことだ」
金属の震えが、止まった。
間が、一つ。
二つ。
『…計算します』
誰も、動かなかった。
壁の上で、海の音だけがしていた。
やがて、金属が、また震えた。
『解の候補として、記録しました』
「候補か」
『現在の比率では、成立しません。個体の変換速度は、あなたの十二倍です』
「知ってる。こっちの書記が計算した」
『では、どうしますか』
「釣り合わせる。やり方は、これから見つける」
『見つからなければ』
「見つける」
また、間が一つ。
『証明してください。三日。三日間、海の水位と、壁の灯りの中の粒の数が、変わらないこと』
「できなかったら」
『二番に、個体を壊させます。二番が従わない場合は、壁で壊します』
マーロウの手のひらの下で、金属が、少しだけ熱を持った気がした。
「できたら」
『三十年の約束を、書き換えます』
マーロウは、手を離した。
立ち上がった。
振り返ると、ウィラが、壁の上に立っていた。
両手を、胸の前で握っていた。
『…三日』
「三日だ」
『三日で、十二倍を埋めるの?』
「埋める」
ウィラは、しばらくマーロウの顔を見ていた。
それから、両手を握ったまま、小さく言った。
『…やっと、あたしにも手伝えることが来た』
「何を手伝う」
『全部』
ウィラは、顔を上げた。
『マーロウは、手を水に入れる役でしょ。それ以外、全部。あたしがやる。みんなでやる』
第二十一章 了