海壁

第十七章

一番と二番

挿絵:一番と二番

二番が、踏み込んだ。

速かった。ミラベルが走るのを何度も見てきたマーロウの目で、追えなかった。

刃が二本、左右から来た。

ミラベルは、一本で受けた。

金属と金属が当たる音がした。耳の奥が痛くなる音だった。

受けたのは、右から来た一本だけだった。左から来た一本が、ミラベルの肩の布を裂いた。布の下から、黒いものがにじんだ。

「っ、…あー。二本はずるいよ」

『規格です』

「規格ってなに」

『二百十年前の型では、刃が一本でした。足りなかったので、二本にしました』

ミラベルは、跳んで下がった。

川の跡の、濡れた砂の上に着地した。

着地するときに、砂が、少しだけ滑った。


「ミラベル!」

マーロウが叫んだ。

ウィラが、ニコとミアを抱えて、川の跡の土手まで下がっていた。

『来ないで、坊や!』

ミラベルは、振り返らなかった。

『こいつ、あたしより新しいんだって。あたしより速くて、刃が二本で、指が曲がってない』

二番が、また来た。

ミラベルは、今度は受けなかった。体を低くして、刃の下をくぐった。くぐりながら、自分の刃で二番の足を払った。

二番は、跳んで避けた。

避けて、宙で体を返して、上から刃を二本、振り下ろした。

ミラベルが、転がった。

刃が、ミラベルのいた場所の砂を、深く切った。

切られた砂の下から、巨人が残していった水が、じわりとにじんだ。

にじんだ水が、刃に触れたところだけ、黒くなった。

粒が、ぱらぱらと落ちた。


マーロウは、自分の手のひらを見た。

この血は、生き物を通った水を消す。

二番の体は、腕も目も金属だ。だが、胴は、たぶん違う。ミラベルと同じなら、半分は粒で、半分は肉だ。

手のひらを切れば、止められるかもしれない。

桶一杯ぶんの水を、あの胴から消せば。

マーロウは、切らなかった。

あれは、ミラベルの顔をしていた。


三度目で、ミラベルが倒れた。

二番の刃が、ミラベルの刃を、根元から押さえつけていた。曲がった二本の指が、刃を支えきれなかった。

ミラベルは、濡れた砂の上に仰向けになっていた。

二番の刃の先が、喉の前で止まっていた。

『回収します。抵抗は、無駄です』

「…ねえ」

ミラベルが、息を切らしながら言った。

「あんたさ。あたしの顔、使って作られたんだよね」

『はい』

「じゃあ、あたしのこと、なんて呼ぶ」

『一番です』

「違うよ」

ミラベルは、喉の前の刃を見ながら、笑った。

「ミラベル。あたしの名前。ミラベル・グリム」

二番の刃が、ほんのわずかに、止まった。

止まったように、マーロウには見えた。

『…名前とは、何ですか』

「呼ばれたら、振り向くやつ」

『私は、番号で振り向きます』

「番号で呼ばれて、うれしい?」

二番は、答えなかった。

金属の目が、瞬きをしないまま、ミラベルを見下ろしていた。


地面が、揺れた。

足の下ではなかった。西からだった。

壁のほうから、低い音が来た。

壁が鳴っているのではなかった。壁の向こうの、海が鳴っていた。

二番が、顔を上げた。

西を見た。刃を、ミラベルの喉から離した。

『…個体が、動きました』

「え」

二番は、ミラベルを見下ろした。

それから、刃を腕の中に引っ込めた。

『回収は、後にします。命令の順位が変わりました』

二番は、跳んだ。

川の跡の土手を越えて、屋根を越えて、西の壁のほうへ。

濡れた砂を、一歩も滑らせずに。

マーロウは、ミラベルのところへ走った。

ミラベルは、仰向けのまま、空を見ていた。

「…生きてるか」

『生きてる。ぎりぎり』

ミラベルは、自分の喉に触れた。

『ねえ坊や。あいつ、止まったよね。名前言ったとき』

「止まった」

『一瞬だけどさ。止まった』

ミラベルは、目を閉じた。

『…あたしも、昔、ああだったんだよね。オスカー爺さんに、名前呼ばれたとき』

第十七章 了