海壁

第十八章

孤独の大地

挿絵:孤独の大地

目が開くまでに、一時間かかった。

細く開けて、閉じて、また開ける。それを繰り返した。涙が止まらなかった。涙が出ることに、少し驚いた。

最初に見えたのは、自分の手だった。手の下に床があった。

四角い板が、隙間なく並んでいる。板は灰色で、表面に細かい溝が切ってある。滑り止めだ。

次に見えたのは、空だった。

空は普通だった。曇っている。三十日ぶりの空が曇りだったことに、マーロウは少し腹が立った。

それから、体を起こした。


掘削地ではなかった。

鉄の塔がない。小屋もない。牛もいない。

マーロウが出てきた穴は、平らな床の真ん中に開いていた。周りに手すりがある。手すりには、文字が書いてあった。読めない文字だった。

顔を上げた。

建物があった。

一つではない。数えられないほどある。高さは十階建てくらいのものから、五十階はありそうなものまで。

崩れていない。

マーロウは十年、崩れた街で暮らしてきた。この街の建物は、全部が半分崩れている。屋根が落ちていて、壁が抜けていて、その隙間に人が住んでいる。

目の前の建物は、どれも真っ直ぐ立っていた。窓が割れていない。壁に草が生えていない。

そして、明かりが点いていた。

昼なのに、窓のいくつかが白く光っている。油の色ではない。下で一が持っていた灯りと同じ色だった。


道があった。

道には、人が歩いていた。

マーロウは手すりの陰に伏せた。伏せてから、自分が伏せたことに気づいた。三十日ぶりに、体が勝手に動いた。

そっと覗いた。

三十人ほどいる。歩いている。急いでいない。

荷物を持っている者がいる。二人で板を運んでいる者がいる。立ち止まって話している者もいる。

普通の街に見えた。

一つだけ違った。

誰も、笑っていなかった。

怒ってもいない。泣いてもいない。困ってもいない。三十人が三十人とも、同じ顔をしていた。同じ顔つき、という意味だ。顔そのものは全員違う。

マーロウは、その顔を知っていた。

オットの顔だ。サムの顔だ。丁寧に頭を下げて、同じ言葉を二度繰り返した男たちの顔だ。


マーロウは数えた。数える癖が、まだ抜けていない。

見えるところに三十四人。

そのうち、四人は同じ顔だった。四人とも、五十くらいの女だ。背の高さも、髪の分け方も同じ。並んで歩いていない。別々の場所で、別々のことをしている。

別のところに、同じ顔の男が三人いた。

先月の隊の足跡は五十八組だった。二十一人が出て、五十八人が東へ歩いた。

増えた三十七人が、どこから来たのか。

答えが、目の前を歩いていた。


立ち上がったのは、三十分ほど経ってからだった。

隠れていても仕方がない。水がない。食い物もない。登るための筒は、全部空だ。

手すりを越えて、道へ下りた。

足音で、近くの三人が振り返った。

驚かなかった。

穴から三十日ぶりに人間が出てきたところなのに、三人とも、道で人とすれ違ったような顔をしていた。

そのうちの一人が、こちらへ歩いてきた。若い男だ。二十そこそこ。清潔な服を着ている。

三歩手前で止まって、丁寧に頭を下げた。

『マーロウ・ケイン様。お待ちしておりました』

マーロウは、その言葉を三十日ぶりに聞いた。

正確には、二十五日目に自分の口から聞いている。

「…おれが来るのを、知ってたのか」

『はい。来月着任と伺っております』

「今日は何日だ」

『月が変わって、十一日目です』

男は、もう一度頭を下げた。

『お体を洗って、お召し替えください。そのあと、お引き合わせいたします』

「誰にだ」

『あなたを作った方にです』

第十八章 了