第十七章
棒の数

棒の間隔は三十センチだった。
三百三十三本で百メートル。一日に百三十メートル登るなら、一日に四百三十三本。上まで、一万二千六百本あまり。
三日目で数えるのをやめた。数えていると、数えるために登るようになる。
代わりに、ガラスの筒を数えることにした。
一日の終わりに一本使う。手の甲を小刀で切って、そこへ垂らす。傷はすぐ塞がる。塞がるから、毎日切る場所を変える。
三十本。減っていく数を数えるのは、増えていく数を数えるより楽だった。
三日目に落ちた。
右足が滑って、体重が腕にかかって、腕が伸びきって、指が外れた。
落ちたのは四メートルだった。下の棒に脇腹が当たって止まった。
肋が折れた音がした。
痛くなかった。
マーロウは棒にしがみついたまま、自分の脇腹を指で押した。中で何かがずれる感触があった。
ヴェスタの声を思い出した。三日で肋はくっつかん。
三日で、くっついた。
七日目に、横穴があった。
通路の壁に、人が一人通れる穴が開いている。灯りを入れると、小さな部屋になっていた。
床に骨があった。
人の形をしている。座った姿勢のまま、壁に背中を預けている。服はほとんど残っていない。
横に、革の袋があった。中にガラスの筒が入っていた。
八本。全部、空だった。
マーロウは骨の顔を見た。顔は残っていない。ただ、頭の骨の形が、自分のものと似ている気がした。気がしただけかもしれない。
八本ぶんで、この高さまで来た。
ここは九百メートルだ。八日で九百。一日に百十二メートル。計算はほぼ合っている。
九本目が無かったということだ。
マーロウは、自分の袋から空になった筒を三本出して、骨の横に並べた。
並べる理由は無かった。並べてから、少し気が済んだ。
十四日目、棒が無くなった。
四十メートルほど、壁に穴だけが残っている。棒が抜けたのではない。最初から打っていない場所のようだった。
穴に紐を通して、輪を作って、そこに足を掛けて登った。
四十メートルに、まる一日かかった。その日は百三十メートル進めなかった。四十八メートルだった。
筒は一本使った。
計算が狂った。
二十二日目に、袋を落とした。
肩から掛け直そうとして、紐が手から抜けた。
袋は十メートル下の棒に当たって、跳ねて、また落ちて、どこかへ消えた。
マーロウは下りた。四十分かけて八十メートル下りて、棚のようになった場所で袋を見つけた。
中を開けた。
筒が九本。うち三本が割れていた。
残り六本。今日を入れて、あと九日ぶん要る。
三本足りない。
二十二日目も、二十三日目も使わなかった。
二十四日目の夜、荷のいちばん奥に手を入れた。
布を巻いた筒が指に当たった。別の場所に入れてあるやつだ。
引っぱり出して、膝の上に置いた。
栓に手をかけた。
手をかけたまま、しばらく動かなかった。
サムには妹がいる。まだ十四だ。うちの隣に住んでいる。
ガスの声で、それを聞いた。
マーロウは栓から手を離して、筒に布を巻き直して、いちばん奥に戻した。
戻すのに、入れるときの三倍かかった。
二十四日目も使わなかった。
二十五日目の朝、マーロウは自分が棒を数えていることに気づいた。
数えるのをやめたのは三日目だ。いつから数え直したのか、覚えがない。
三千二百二十七、三千二百二十八。
数字が、頭の中で勝手に進んでいた。止めようとして、止まらなかった。
その日の夕方、独り言が出た。
「本日は、ここまでとさせていただきます」
暗い穴の中で、自分の声が四回返ってきた。
四回とも、同じ言い方だった。
マーロウは小刀を抜いて、左の手首を切った。深く切った。血が出た。
筒の栓を抜いて、傷に垂らした。
六本のうちの一本。
垂らした瞬間、傷の周りの血が黒い粒になって、ぱらぱらと落ちていった。落ちていく音が、下のほうでいつまでも続いた。
それから、寒くなった。
寒い、と思った。
マーロウは壁にしがみついたまま、寒さが来たことに笑った。声を出して笑った。
残りは五本。二十六日目から三十日目まで、ちょうど五日ぶん。一本も落とさなければ足りる。
落とした。
二十七日目の夕方、栓を抜こうとして指が滑った。筒は下へ消えた。音は返ってこなかった。
その日のぶんは別の一本で済ませた。残り二本で、三日ぶん要る。
マーロウは決めた。二十八日目は使わない。使わない日は喋らないことにする。
喋らなければ、あの言い方が出ない。出なければ、少なくとも自分では気づける。
それは対策になっていない。それしか思いつかなかった。
二十九日目、上が明るくなった。
最初は目の錯覚だと思った。三十日近く暗いところにいると、目は勝手に光を作る。
ただ、その光は動かなかった。
登るにつれて、はっきりしてきた。丸い。上のほうにある。
穴の口だ。
二十九日目のぶんを使った。残りは一本になった。
切って、垂らして、栓を戻して、空の筒を袋に入れた。
捨てなかった。九百メートルの骨のことを思い出したからだ。
三十日目の昼、穴の口に手がかかった。
縁は金属だった。下と同じ、錆びない金属だ。
マーロウは腕で体を持ち上げた。持ち上げる途中で、腕が止まった。
止まったのは力が尽きたからではない。
光が、明るすぎた。
三十日ぶんの暗さの後で、外の光は殴られるようなものだった。目を開けていられない。
マーロウは目を閉じたまま、縁を越えて、地面に転がった。
地面は、温かかった。
そして、平らだった。
手のひらで触った。砂ではない。岩でもない。継ぎ目のある、硬い、平らなものだった。
袋の中で、空の筒が触れ合って鳴った。最後の一本は、今朝使った。
第十七章 了